第5話 思い込みとは厄介なものです

 門の外から中を覗くと、道を挟んで向き合うように格子戸のある家屋が立ち並んでいた。縁日のようなその場所には、格子戸越しや出入り口付近で男女がじゃれあうように絡んでいた。

 にこやかにおなごに連れ添い家屋に消えていく者、振り切るようにしかめ面でその場を擦りぬける者。物見山の者、多種多様のやりとりが見られた。


 「入るな」と言われれば入りたくなるのは世の常。ここが、「噂に聞く遊郭かぁ」と気づいても、龍之進には、男女が遊ぶ処としか認識がなかった。どう、遊ぶのかなど、想像もつかなかった。

 書籍役と言っても、春画とは全くの無縁。興味もない。とは言っても、{色事処刑}なる本があるようだが、龍之進が目にすることはなかった。

 先輩たちが、隠れてこそこそ、盛り上がっていたのは幾度か見たことはあった。今になって、その内容への好奇心が堰を切ったように湧いてきた。

 考えても仕方がない。探究心に任せて、塀の周りを行ける範囲で探索してみた。

 塀の戸板の隙間から見える様相は、どれも同じ、店の中で行われていることなど伺い知れない。期待を裏切り続けられていくにつれ、「自分は何をやっているんだ」という虚しさに押し潰されそうになっていた。そんな時、とある裏木戸に行き着いた。


 どうやら、廓関連の住まいのようだ。紅白の派手な安物の着物が、竿に微かに靡いていた。垣根越しに裏庭と縁側の一部が見えた。垣根沿いに扉があった。御用聞きの出入り口なのだろう。ここは、龍之進にとって、心ときめく一画に思えた。

 微かな気配がした。家屋の奥から誰かが来る。

 女郎と呼ばれるおなごか?

 龍之進は、得体の知れない獣に出会うような期待感に胸を高鳴らせていた。

 そこに現れたのは、幼さが残る下女らしき者だった。幼いと言っても、龍之進より少し下か?龍之進は、勝手に大人の女を想像していたので新鮮な思いがした。


 思い込みは、厄介なものだ。


 幾多の生地を縫い合わせた着物は、お世辞にも、気を惹かれるものではなかった。

 現実とは、こんなものだ。夢見る場所で現実を見た気がした。

 先程までの言い知れない興奮は一気に覚めた。

 この一件から、寄り道遊びにも飽き、ぼーと縁側で空を見上げる毎日が続いた。

 雲はいい。

 悠々といきり立つ入道雲、力強さを誇示するかのように、堂々とした振る舞いで形を変えていく姿に、亡き父の姿を重ね合わせていた。


 時は過ぎ、雲は力強さから優しさへ。

 白き雲は終焉を迎え、晴天から曇天が支配する季節へ…。

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