第4話 朱塗りの門の知らぬ世界

 時空を超える魂界の掟に、その時代に干渉しないこと、がある。

 よって、特定される場所や個人などの情報は隠蔽され、ニュアンスで見せられる。


 縁側に座る若者の名前は、高城たかじょう龍之進。

 将軍家の書籍番的役割を担い、各国から集まってくる書籍を選別し、希望に応じて推奨する仕事。剣術とは、無縁の事務職に就いていた。

 母とは幼い頃に死別、父も流行病で最近死去し、天涯孤独に。周囲に支えられ、14歳で家督を引き継ぎ、見習いを経て、翌年、本役となっていた。

 定時から定時の判を押したような日々。

 元々、人と連むより、読書を好む性格が幸いして、書庫に篭もり、1日を過ごす。

 殆ど他者と話すこともなく、過ぎる日も少なくなかった。


 梅雨が明け、夏の日差しが眩しさを増してきた頃だった。

 暇な帰り道、日和も良いことから、趣向のひとつと、軽い気持ちで試みた寄り道が、龍之進の運命を揺さぶり始めることを、その時は知るはずもなかった。

 脇道に入り、また脇道へ。時には行き止まり、時にはぐるりと回って元来た道に。

 こうして散策するにつれ、見慣れた城下町が、新鮮な彩に溢れて感じられた。


 風そよぐ風鈴の音色。

 行商人の売り子の調べ。

 子供たちの無邪気な笑い声。

 見聞きするものすべてが心躍らせていた。

 夕飯の匂い、遠くから響き聞こえる刻限を知らせる鐘の音。

 待ち人のいない龍之進にとっては、ただの心地よい音色でしかなかった。


 今日はもう少し、遠出をしてみよう。そう思ったとき、仕事終わりの若い職人たちがはしゃぎながら、何処かへ、急いでいるのに出くわした。

 龍之進は、興味本位に、彼らの後を付けることにした。

 時折、風に乗り{おたえ}とか{おしず}とか、おなごの名前が聞こえてくる。

 更に、身振り手振りを交えて、あーでもない、こーでもないと何やら楽しそうだ。

 目的地に着くのを待ち遠しく思う雰囲気が、手に取るように分かった。


 「着いた着いた」


 そこは、朱塗りの門に塀で囲まれた特殊な一画だった。

 付いて入ろうとすると、貧相な男に行く手を阻まれた。


 「ここは、おめぇみたいなガキの来るところじゃねぇ、とっと帰んな」


 手の甲であっちへ行けと言わんばかりに追い払われた。

 思わず無礼者と言いそうになった言葉をぐっと押し殺した。

 龍之進は日頃から、相当若く見られる童顔だった。

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