第3話 黄泉がえりの疑似体験

 「そうでしたか。しかし、選択する前に…」 


 この言葉で法師は、龍之進の知りたいことを悟った。


 「分かった、そなたが私の言うことを素直に理解できるのは、私と魂を共有しておるからじゃよ。いま、そなたが一番知りたいことは、そなたがなぜ、死んだのか、じゃな。それを知るには、生い立ち、未練など整理到そう」


 龍之進は、死を受け入れたものの、現世への心の葛藤を拭い去りたかった。

 大言厳法師が小声で経を唱え、手を振りかざした。その瞬間、龍之進は、見知らぬお堂の廊下に立たされていた。


 「ここは、そなたが倒れておった近くにある、比叡山根本中堂なるぞ」


 法師が指先をすっと下から上に動かすと、ゆっくりと龍之進は上昇し、壮大な琵琶湖を一望する高さまで到達した。


 「こんなことができるのか、悪くない」

 「雑念は捨てるのじゃ。無心になれとは申さぬが、雑念は、決断の邪魔以外何者でもないゆえにな。そなたが見たかった琵琶湖じゃ。堪能せい」


 龍之進の目には涙が溢れ出ていた。悲哀な運命を思ってか、琵琶湖の崇光さなのかは計り知れなかった。法師の命ずるまま、龍之進は廊下に座禅し、光、風を枝葉の揺れで感じ、心を静寂に融合させた。頃合をみて、法師は凛とした言葉を発した。


 「では、参るぞ」


 大きく周回していた靄が急速に、龍之進を包み込んだ。珠となった靄は、歪んだ空間を強烈に静かに突き破った。一気に視野が広がった。武家屋敷がそこにはあった。縁側に若者が座っていた。龍之進、自分自身だった。

 1612年(寛政2年)が字幕のように浮かび上がり、龍之進の目前に現れ消えた。


 「これから、ことの発端となった時間へと、そなたを案内する。魂が同調すれば、戻った時間より未来の記憶は隔離されるゆえ、都合のいい、やり直しなどできぬからな。我らと共に生きると致して、その都度の現世に生きる人と関わる、魂としてな。その際、己の歴史は少なからずや必要になる。生い立ちとは、良くも悪くも己の存在感を実感する大きな要因なるゆえにな。そのための過去への立ち入りだ。要所のみの展開じゃ。今の魂は記憶機能としてだけ作用する。宜しいかな」


 龍之進は感慨深げに、もうひとりの自分を見ながら、小さく頷いた。法師が経を唱えると、今の私と過去の私が重なり合った。


 空気を感じる。深呼吸をしてみる。胸が膨らむ。葉の、土の、家屋の匂いがする。腕に触れてみる、握ってみる。「生」を感じられる。当たり前のことが、なんて新鮮に思えるのだろうか。しばらくして、スーッと体が軽くなったように感じた。

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