それでも魔女は毒を飲む

i-トーマ

それでも魔女は毒を飲む

「それじゃあ、行ってくるよ」


 そういって、英雄と呼ばれる彼は、戦争へと旅立ちました。


 私は聖女と呼ばれていても、それをただ見送ることしかできませんでした。


 この周辺の国々は、もう何十年も戦争をし続け、お互いに疲弊しきっています。それでも、積年の恨みがしがらみとなって、戦争を終わらせることができないのです。


「おねぇちゃん! ごほんよんで!」


 教会の隣にある孤児院では、戦災孤児を引き取っています。

 子供に罪はありません。自国他国を問わず受け入れていますが、身よりのない子供達は、新たな戦力の予備軍として扱われることがほとんど。それを誰も疑問に思わない、そんなことが当たり前として成り立ってしまっているのです。


「今日はどんな本?」

「これ! まじょのほん!」


 それは、数百年に一度現れると言われ、絶対敵の魔女と呼ばれる最悪の魔女のおとぎ話でした。

 魔女はどこからもなく現れると、北の城から魔物をあやつり、世界中の人を襲うのです。


「……そして魔女は、世界中から集められた英雄達によって倒されたのでした。おしまい」

「ありがとうおねぇちゃん!」

「ほんとにまじょはいるの?」

「もしまじょがきても、えいゆうのおにぃちゃんがやっつけてくれるよね!」


 子供達は、明るく元気に成長している。それでもある年齢になれば、戦争のための訓練を受けさせられ、戦いに行き、傷つくことになる。



 その夜、私はなんとなく引っかかっていたことを思い出し、眠れずにいました。


 世界中から集められた英雄達……。


 私は教会に保管された資料を見る権利を持っています。特に極秘とされる資料についても、聖女の特権として閲覧することができます。


 私は、魔女について調べました。

 おとぎ話とされていますが、教会にはその詳細な資料がありました。


 私は特に必要な資料の写しをつくり、持ち帰りました。


 魔女にとって特に重要なものは二つ。魔女の秘薬と、魔女の根城。


 次の日から私は旅に出ました。


 秘薬の材料となるものは、それ自体はそれほど珍しいものではありません。しかし、市場での取り扱いがあまりなく、自分で採集する必要があるものが多くありました。なぜなら、猛毒になるものがほとんどだったからです。


 魔女の秘薬は、強大な魔力を得る代わりに、必ず死んでしまうほどの猛毒なのでした。


 次に根城です。


 根城の条件は、竜脈とも呼ばれる自然の魔力の流れの集中するところ、パワースポットである必要があります。地形から読みとるに、北の城が適していました。


 魔女の秘薬を飲んで死んでしまう前に、内なる魔力と外なる魔力でその肉体を不死へと高める必要がありました。予想通り、北の城には、儀式の痕跡が残っていました。


 おとぎ話は現実でした。


 私は北の城で、儀式の準備を行いました。


 私は、魔女になろうと思っています。

 魔女という世界共通の敵が現れれば、世界の人々は手を取り合い、団結するはずです


 世界から戦争をなくし、孤児をなくし、人々が手に手をとって協力し、平和な日々を生きていけるよう。


 私は世界の敵になるのです。


○○○○○○


 儀式は成功しました。


 私は内臓の焼ける痛みに耐えながらも、無数の魔物を喚び出し、世に放ちました。

 そして、世界に向け、宣戦布告をしました。


 これで、私を討伐するため、世界が一致団結するのです。


○○●○○○


 計画は予定通りにはいきませんでした。

 具体的な被害がなければ、危機感が薄く、戦争をやめてまで団結しないのです。


 人々の警戒心をあおるため、ある程度の戦力を投入する必要があるようです。

 私は、新たな魔物を喚び出しました。


○○●○●○


 魔女による被害が無視できなくなると、一部の国々は同盟をくみ始めました。

 しかし、まだ少ない。世界平和にはほど遠いのです。

 私は、意地と建て前を重視するような国に、特に多くの戦力を向かわせました。


●○●○●○


 大きな力を持つ同盟国がいくつかできました。


 しかし、まだ全てではありません。私はまだ討たれるわけにはいきません。

 秘薬の効果が切れかけています。改めて秘薬を飲みました。


●○●●●○


 世界に大きな戦力が三つできた。


 しかし、仲が悪い。

 他にもまだ協力的でない国もある。


 まだまだ平和には遠い。


 とりあえず大きな国に疫病を流行らせ、国力を削ぐことにする。


●●●●●○


 私がもといた国の英雄の彼が、疫病で死んだと聞いた。


 考えてみれば、私の喚び出した魔物はすでに、戦争で出るよりも早いペースで人を殺していた。


 私は、いったい、何をしていたのか。


 平和のためと言いながら、本当に世界の敵となっていた。


 被害を零で済ませることはできないと覚悟はしていたが、人々はこれほど被害が出ていても仲良くなれないものなのか。


 人間とはこれほどまでに自分勝手なものだったのか。


 しかし、今止めてしまえば、大きな戦力を持った国がぶつかり合い、今までにない被害がでることは間違いない。

 犠牲になった彼も人々も、全て無駄になってしまう。


 私は、人間理性を殺すため、秘薬を飲んだ。


●●●●●●


 あれからどれだけの時間が流れただろう。

 世界はようやく一つにまとまりつつある。


 私は鏡に映る自分を見る。


 魔女の秘薬によって、内臓から、すでに外見まで焼けただれ、まさに魔女の風体を再現していた。


 私を討ったものは、救世主として、人々を平和に導くに違いない。


 それまで、絶対敵の魔女として手を抜くことはできない。


 人間自分を殺すため、それでも魔女秘薬を飲むのだ。



○○○○○○



 終わりの時は近い。

 

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