第八幕

八、南品川浦沿い小径の場


【八五郎と大家は芝高輪を過ぎて歩行新宿を、左手に土蔵相模、右手に御殿山と共に今が春爛漫・桜満開の品川名所を愛でながら歩いてゆきます。北品川を過ぎ、ちょうど目黒川に架かって南北の品川を分かつ、南北境板橋を渡り、江戸前の沖迫る南品川は横町へと入ってゆきます。海沿いの小径を歩く二人のかたわらでは、漁民やら日雇い人足やらが掛け声囂しく、浅瀬に棒杭を立てる作業に勤しんでおります】

       

八五郎 「アァ、喉が渇いた上に、腹も減ってきた。目の前には品川沖が拓けてらぁ。イッチョ江戸前の鮓でも喰いたいですねぇ」

大家 「道が狭くなってるよ、余所見してないで、気をつけな」

八五郎 「ったく、知らぬ顔の半兵衛を決め込みやがる・・・。まぁ、次に聞きに行く相手でも考えとくか。今川義元公なんざぁ、誰が知ってんだか」

人足ら 「ヨイショ、ヨイショ、ドッコイショォ。おっと、どけどけ、うわァ(ト棒杭を担いだ人足が八五郎と衝突する)」

八五郎 「おっと、うお、うわ。痛たた・・・オォ痛てて。おい、危ねぇな。こんな狭い径でぶつかってきやがって、畜生め、海に落ちでもしたら、どうしてくれんだぁ」

人足ら 「何だとォ、うるせぇ。こんな狭い径で、両手にガラクタぶら下げて余所見してる方が悪ぃんだ」

八五郎 「何だと、この野郎」

大家 「やめなよ、八五郎。相すみませんですねぇ。こいつは、近所界隈でも迷惑千万な乱暴者でして・・・」

八五郎 「大家さんは黙ってておくんねぇ。こっちの何が邪魔だったって言いやがるんだ?手前らこそ、何に使うか分からねぇような長ぇ棒を、大事そうに担ぎやがって。それこそガラクタじゃねぇか。いいかぁ、こちとら手前らみてぇな馬鹿面には、百年経ってもわからねぇような耳学問の道を究めようってんだ(「耳学問」誤用)。エェ、分からねぇだろ?今川義元公なんて名ァ、見たことも聞いたこともねぇって馬鹿な顔してやがるぜ。エェ、何とか言いやがれ、この丸太ん棒」

人足ら 「黙って聞いてりゃ、ベラベラと言い草(いくさ)だけは達者な野郎だ。今川なんだらなんざぁ、知ってて何になる?それより、お前等の何が邪魔で、俺等が何をしてるかって?手前聞いたな?エェイ、教えてやらぁ、よく聞け。桶は邪魔デェ、杭打ちだ(桶狭間で不意討ちだ)」

八五郎 「アァン?桶は座間(桶狭間)が何だって?まったく、つくづく何を言ってやがるか、よくわからねぇ奴等だな。それで、言い草(いくさ)は終わり(尾張)かい?」


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【落語台本】美南見今川(みなみいまがわ) 紀瀬川 沙 @Kisegawa

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