第七幕

七、八五郎帰路の場

          

八五郎 「フゥー、何だって御奉行様は勿体ぶって教えてくんねぇんだ。それだけじゃねぇ、急に取り乱すタァ、解せねぇや。まぁいいか・・・。今川義元公ネェ・・・見たことも聞いたこともネェや・・・。一体全体、何をしでかしやがったんだか・・・。これじゃあ、女郎にあわせる顔が無ぇ・・・」

大家 「オオォ、八五郎や。聞いたよ、お前奉行所に呼び出されたんだって?一体何をしでかしたんだい?盗みかい、火付けかい、まさか人を殺めたんじゃないだろうねぇ?」

八五郎 「まったく、日頃から、どんな風に俺を見てんのかね、まったく。イヤイヤ、違ぇんだ、大家さん。先達て大家さんにも尋ねた品川様のことで、御奉行様が答えてくだすったんだ」

大家 「ヘェ、御奉行様がねぇ。そんなことまで答えて下さるのかい。御奉行様もよっぽどお暇とみえるね」

八五郎 「それがねぇ・・・品川様が、何か一介の戦国大名、今川義元公(公まで名前のように発音)と関わりがドウダラコウタラとしか教えてくれねぇんですよ。道真公がどうとか、耳学問がどうとか、訳のわからねぇ事を口走って御乱心の体でねぇ。こっちゃあ名だけ言われても、当の本人が誰だかわからねぇんだから、参った」

大家 「うーん、あたしもチと分からないねぇ」

八五郎 「そうですか。アァ、チとその両の手に持つ桶を貸してくんねぇ、一日何も飲んでねぇから、喉がカラカラだ」

大家 「あぁ、これね、生憎水は入ってないんだよ。長屋の井戸の桶が壊れてただろう。今、桶屋に直してもらいに行くところなんだ」

八五郎 「なんでぇ、わざわざ直さなくても、買い換えりゃあいいじゃねぇですか」

大家 「近頃はめっきり貯えも無くなってねぇ。質素倹約に努めてのことさ。ちょうど、南品川の横町に、知り合いの桶屋がいてね、安く請け合ってくれるって言うからさ。それにしても年寄りにこの桶二つは重いよ・・・ちょっと持っておくれ」

八五郎 「アイよ。大家さんも店賃取り立てる時ぁ鬼のようだが、鬼も歳には勝てないね。こんな空桶二つ重たいだなんて」

大家 「うるさいよ。まともに店賃払ったこともないんだから、これくらい四の五の言わずにやるのが義理ってもんだろうさ」

八五郎 「ヘヘッ、べらぼうめ。帳消しになる訳でもねぇ」

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