第六幕
六、呉服橋御門内北町奉行所の場
【品川氏の従者が奉行所の襖の後ろに控えており、町奉行が従者に気をつかいながら八五郎とのやり取りをしていく】
奉行 「ゴホンッ、エェー、八五郎。汝が尋ねしご高家品川様の御父祖、此度の茶会の折、表高家は品川様にお訊き申し上げて来た。よって、先達ての約束通り、お教え頂いたことを伝える」
八五郎 「ハハァー、ありがとうございます。これで大手を振って女郎買いに行くことが出来ますァ。肩で風切って大門を潜れるってもんよ」
奉行 「喝っ、低俗な笑談は廃すのじゃ」
八五郎 「ハハァー、失礼いたしやした。(ト奉行の豹変を訝しみ)
しかし何だって急に・・・」
奉行 「あぁ、いや、平生よりお主達には清廉こそ暮らしの旨となすべき、と触れておるはずじゃぞ。とにかく、以後は無駄口は慎むように」
八五郎 「ハハァー、ところでソロソロ肝心の事をお教え下さいな」
奉行 「そうじゃな。品川氏の系譜は、御上の開闢以前、室町は花の御所で天下の政が行われている時代にまで遡る。その時代に、品川氏の父祖である今川氏は、遠江・駿河をシロシメス守護職にあったのじゃ。そして、時は忽ち戦国の乱世、この今川氏から名代の戦国大名、今川義元公がお出でなされたのじゃ。公の御武勲はまことに偉大なもので、東は北条、北は武田と鎬を削り、いよいよ上洛の折柄、武運の凋落に見舞われた由・・・(ト従者の居る襖を横目に気にしながら言葉に詰まる)」
八五郎 「で、どうなりやした?詳しく教えていただかねぇと、馴染みの女郎に講釈してやれませんぁ」
奉行 「それから・・・それから・・・・。エエイ、それ、人に頼りきりて学を究めむとする不心得、不届千万。道真公の昔より未だかつて耳学問など大成した例しは無いわ。少しは人を頼らずに、自らで修めてみせよ」
八五郎 「(奉行取り乱しの意味が解らず)ヘェヘェー、先刻からの御忠言よく心得ましてござります。ただ、一体何のことでございますやら・・・」
奉行 「エェイ、うるさい。控えおろぉーー」
従者 「さすが、名奉行の誉れ高き榊原殿、皆まで猿真似させることなく、肝腎要のところは当人の手ずから修めさすとは。イヤハヤ、天晴れ天晴れ」
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