第五幕

五、茶会の場


奉行 「品川様、畏れながら申し上げます。某は、北町奉行榊原主計頭忠之と申す者でございますが、管轄下の或る町衆の者がご当家品川様の御家のご出自について、崇高な学問上の目途によりて知るべく、書籍を渉猟すること多年、ついに遂げられず、こたび是非とも某を通じお聞かせ賜りたくお願い申し上げたいと存じ上げまする。某の口から、その者に伝えるつもりでおりまする」

品川備前守 「やや、榊原殿、日夜巷の民の意を汲んでの施政、まことに立派であるぞよ。ご苦労ご苦労。余は本に嬉しいぞよ。苦しゅうない、答えて進ぜよう」

奉行 「ありがたき幸せー」

品川備前守 「余の家の父祖は・・・・・。父祖・・・は・・・品川・・品川・・・南・・・・いや決してそのようなことは無かろうぞよぉ・・・ウゥム(ト無知を誤魔化すように唸る)

う~~ん・・・コレェ、誰か、こちへこちへぇーー」

従者 「ハッ、お呼びでございましょうか?」

品川備前守 「うむ、余の家の系譜を述べてみよ。余はもとより承知ではあるが、汝の奉公心を確かめるためじゃぞえ。サァ、丁重に詳らかにせよ、サァ」

従者 「サァ」

品川備前守 「サァ」

従者 「サァ」

品川備前守 「サァサァサァーー」

奉行 「品川様、暫しお待ち下さいませ。某、頓に思い出したのでござりまするが、品川様の御家には、戦国の御世において駿府を根城に天下を争いし今川義元公があらせられませぬか?」

従者 「(救われたように)榊原様、左様でござりまするー」 

品川備前守 「フォッフォフォフォ、左様じゃ、左様じゃ。余は知っていたぞよ。それにしても、よく当て申した。誉めて遣わそうぞよぉ。フォッフォフォフォ」

奉行 「幸甚の到りでござりまする。今川義元公と言えば、天文廿一年壬子五月十九日、上洛の途上で四万五千もの数多なる軍兵を率いて尾張へと進軍、片や二千に足らざる軍勢の織田信長公に・・・・(ト言い掛けたところで気付いて箝口する)」

従者 「(それ以上言わせてはなるものかと)榊原殿、暫く、暫くゥゥーーーー(ト芝居調)」

品川備前守 「フォッフォフォ、榊原殿は余の偉大なる父祖の軍功に明るいのぉ。とても良い御心掛けじゃ。ソウジャソウジャ、余が父祖のつわものぶりは、余が家に代々伝わる武勇譚、天下に普く知れわたる語り種。榊原殿も侍ならば、つわものの道行く者の鑑たる、義元公の勲功を見習って精進するのじゃぞ。フォッフォフォフォ」

従者 「殿、あちらで、畠山様がお招き申し上げていらっしゃいます(ト苦し紛れに離席さす)」

品川備前守 「そうか、まだまだ語り足らぬがのぉ、行くとするか。そうじゃ、榊原殿、余はその志学の徒とやらに感心したぞえ。一度まみえてやってもよいが、余も多忙ゆえままならぬこと。そこでじゃ、榊原殿とその者がまみゆる場に、この従者を寄越して見聞させた後、余にしかと伝えさせようと思うのじゃが、宜しいかのぉ?市井の賢者とは、面白き草紙よの〉

奉行 「ハハァー、畏まって候―」

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