解決編「密室講義レポート」

「全部分かったって、本当ですか?」

「嘘はついてないよ。じゃあ、種明かしをするけどいいかな?」


 反論する者がいないことを確認すると、梅上はゆっくりと語り始めた。

「僕らは昼休みに“密室講義”を受けた。そしてそこで、密室殺人をカーの分類に従って“消去法”で解くという考え方を知ったわけだが……結論から言うよ、僕ら三人の中に犯人はいない」

「じゃあ、犯人は神林先生ってことか?」

 力んだ声でそう問いかける松下だったが、梅上は否定する。

「いや、それも違うよ。そうじゃない」

「では、私たちが知らない人が犯人ってことですか」

「おいおい! 冒頭から一回も出てきてないやつが犯人だなんて、推理小説だったら三流にもほどがあるぜ」

「最初に言ったはずだよ? 犯人はミステリ部に関係する人間だって。まあ、確かに冒頭からことにはかわりないけどね」

 梅上は一度深く呼吸をすると、今までより少し大きな声でこう言った。

「出てきてくださいよ。ずっとそこで聞いていたんでしょう?」



 どうやら、とうとうバレてしまったらしい。“”は思い切ってドアを開ける。ロッカー特有の錆びついた金属音が響くのと同時に、窓から差し込む光が網膜に焼き付く。最初は目が慣れずよく見えなかったが、徐々に瞳孔が絞られて景色がその輪郭を現していく。


 お調子者そうで茶髪の男子が見える。恐らく松下だろう。おとなしそうだが凛とした小柄な女の子が立っていた。多分竹中だ。そして、好奇心に眼光を炯々とさせる男子がいた。間違いない、彼が梅上だ。


「初めまして、後輩諸君。いや、僕も本当はこんなところに隠れたくなかったんだけどね」


 僕の登場に、松下と竹中は相当困惑しているらしい。二人とも目を丸くしている。ただ一人、戸惑うどころか口の端を吊り上げている梅上は、僕にこう言った。

「初めまして、ミステリ部の部長さん」

「え、部長……!」

 固まっていた松下は呪いが解けたように卒然とそう声を漏らした。彼の疑問に梅上が答える。

「ミステリ部の関係者が犯人だが、僕ら三人も顧問の先生も、無論副部長である山月先輩も犯人ではない。だったら、彼に辿り着くのは簡単だ。山月先輩は昼休み、部員は私と部長の二人だと言った」

「何故……どうして山月先輩を殺そうとしたんですか?」

 そう僕に問いかけるのは竹中だ。彼女はおとなしいが、自分の意見ははっきり言えるらしい。僕は彼女に笑いかけると、後ろのに目配せする。


「誰が殺されかけたって?」

 一年生三人が振り向くと、そこには山月が立っていた。その後ろには神林先生も控えている。

「や、山月先輩、無事だったんすか!」

 松下が悲鳴にも似た声をあげると、山月は「おいおい」と前置きして言った。

「そんなやつに殺されてたまるか。あれは演技だよ。流石にあの血糊は臭くて参ったがな」

 全く、そんなやつとは相変わらず酷い扱いだな。僕の度量の大きさに感謝して欲しいくらいだ。

「化学部に依頼して市販のヘモグロビンを混ぜてもらった特注品だからな。おかげでバレなかっただろう? それより僕の方がずっと大変だったよ。なんせ昼休みからずっとロッカーの中で過ごしていたんだからね。穴もなくて視覚が使えなかったから、んだよ?」


「一体、これはどういう……?」

 未だに状況が飲み込めないらしい竹中がそう言うと、梅上がそれに答えた

「僕らはまんまと一芝居付き合わされたんだよ。カーの密室講義には一つ欠けている項目があるんだ。それはつまり、『犯人が密室から脱出せずに部屋で隠れている場合』だね。後に他の作家がその項目を補っている。僕らには前もってカーの密室講義を教えられたうえで“消去法”という概念を刷り込まれ、先入観でそこまで考えが回らなかった。神林先生の「現場に誰も立ち入らないように見張っておけ」っていう指示もそれを手伝っている。推理小説愛好家の僕らは現場保存の重要さを理解しているからだ。誰もロッカーの中を確認しようとは思わない」

神林先生は後ろで「なかなかいい演技だっただろう」と笑っていた。

「後輩諸君、騙すような真似をして悪かった。謝ろう。しかし、これはミステリ部の恒例行事でな。ワタシとそこの部長も去年神林先生に仕掛けられたんだよ」

 山月はよく通る声でそう補足した。僕は話をまとめにかかる。



「まあとにかく、この推理ゲームは君たちの勝ちだ、おめでとう。……それから、これも恒例なんだが、このドッキリ擬きをレポートとしてまとめたいんだ。いいかな?」



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密室講義レポート 河原 采 @sai-kawahara

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