二人の想いの距離 後編

 西村夫妻を御見送りさせて頂いた後も、カッチリした壮年の軍人さんや、無邪気な少年、四十代ぐらいのシャープな女性の方を御見送りしました。

 建物は大きいのですが、もう一度こちらに呼ばれた後まで行列に並ばせてしまうわけにはいきません。ですので、日頃のお仕事も基本的にはのんびりしたものになってしまいます。

 ……怠慢、ではありませんよ?

 親身に誰かに寄りそうということは、流れ作業やお役所仕事では出来っこありませんから。


 そんなこんなで、いつも通りの業務を終えると――。次々と同僚や後輩が、バイバイをしてイントラネットから消えていきます。

 私は、先程までと同じ姿勢で博士を待ち続けます。

 アフターファイブ……じゃないですね。ここの終業時刻は十九時ですので、アフターセブンになりますが、そこからの飲み会なんかには同席は出来ませから。


「美冬」

 作り笑いをしつつも、腕組みしてちょっとやさぐれた気持ちでいましたら、急に名前を呼ばれました。

 最後にログアウトするのは、やっぱり鷹穂ちゃんだったみたいです。

 どうしたの? と、小首を傾げますと、鷹穂ちゃんはいつも通りのちょっと意地悪な笑みを浮かべて言いました。

「また明日ね」

 きっと、アレです。

 ツンデレというやつですね、鷹穂ちゃんは。だから、きっと、満面の笑みを向けられないのでしょう。

「ん、また明日」

 私も、鷹穂ちゃんに合わせたツンデレスマイルを返し――、今日が、本当に終わってしまいました。


 ログインしている端末が私だけになって、そこから更に十分経った後、急にこれまでとはまったく別の――硬質なウィンドウが表示されます。

 博士が、お出でのようです。

 いつもと全く同じ時刻の、全く同じ登場方法です。

「やあ、こんばんは」

「こんばんは、博士」

 いつも通りの挨拶をしますと、博士は、くすぐったそうな顔になられました。いつまでたっても博士は、博士と呼ばれることに慣れないんですよね。確か、博士って言葉が、子供っぽいと言うか、中二病っぽくてこそばゆいと、前に仰っておられました。

 だけど私は、そんな顔をさせたいから――それに、博士は、いかにも博士らしくない容姿だから、敢えて彼をそう呼んでいます。

 意地悪じゃないですよ? 多分。

 だって私は、最初に起きた瞬間、博士を見て、警備の隊長さんかな? なんて思っちゃったんですから。職業を誰にでも分かって頂けるようにという優しさから、そうお呼びしているだけです。

「今日も元気?」

「ええ、変わりありません」

 私が【起きた】のは――もっとも、正常な状態ではありませんので、【起きた】と、言い切ってしまって良いのかは分かりませんが――、ともかく、私がこの状態で自意識を確立したのは三十年も前の話になってしまいます。

 御婆ちゃん、じゃないですよ?

 容姿も三十年間変わっておりませんので、今も華の二十代のままです。

 ちょっと、お得ですよね……。

 まあ、ですので、最初の頃に一緒に働いていて、お局様になってしまったあの子とか、結婚後にパートで再就業したあの子とか、社会化見学でここに来た時も覚えているあの子には、時々やっかみを言われてしまいますが。

 だから、同じ受付の仕事をしている何人かは、もう、とっくに普通じゃないことには気付いているのだと思います。でも、皆さん、なにも仰られません。進みすぎた科学って、こういう時は便利ですよね。

 量子コンピューターや、死者の――短時間ではありますが――再生が可能な昨今、都合のいい理由を、きっと、皆、予想して、納得してくれるんですから。


 そう、私には、普通の再生とは違い、五時間なんて時間制限はないんですよね。

 だけど、かつての記憶も無いんです。


 一番最初に、起きてしまいましたので。細かな調整が出来なかったんだと思います。

 いえ、あるいは……。

 再生されたのではなく……。


「ねえ、博士。私は人なの? AIなの?」

 重くなり過ぎないように、とは思いましたが、どうしても声が震えてしまいます。

 博士が、答えを知っていないことを私は知ってるのに。それでも、どうしても、訊いてしまうのです。

 本当の事なんて、分からないままでも……。博士が決めてくれるなら、それでいいと――。最近は、そう思うんですよね。

 事実、私にも、心があるのですあら。

 きっと、だからです。


「さあね」


 興味無さそうに、投げやりな言葉を投げられ、私は――本心ではすごくがっかりしましたけど、それを悟らせたくなくなんてありません。ですから、わざと軽いノリで子供っぽく膨れて見せます。

 私の心の中なんて知らない博士は、からかいが成功したとでも思ったのでしょうね。少しだけおどけて微笑み――。次の瞬間、とても優しい目を向けて言われました。

「でも、気にする必要はないんじゃないかな?」

「なぜ、です?」

 博士から出た意外な言葉に、つい、何も考えずに訊き返してしまい――、少し、しまった、と、思いました。


 多分、博士は、一番叶えたい望みを叶えられなかったのだと私は思っていました。だって、私の容姿から、私である確率が最も高いとされていた人が、博士の恋人だった女性で……。

 だけど、博士は私の考えていることなんてお見通しのようで、いつも通りのゆったりした口調で――でも、本心を見せない笑みを浮かべたまま話し始めました。

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