ケーキバイキング

 友人と、元取ろ!とか意気揚々に行ったケーキ屋のバイキングにて、ちょっともう意地というか、最後の方とかもう味とか分かんなくて、胃のキャパかるくキャリーオーバーしていて、傍から見たらそれは『食う』というより『貪る』にしか見えていなかったと思う。

 千と千尋の親がブタになっちゃった感じ。


 でも私はまだ十代なわけで、というかJKなわけで、だから世間様の目も、それはそれは生温かな目で見ていてくれていると思っていたんだけど、人智軽く超えちゃう範疇で私、ブタでした。


 それは食べ放題残り10分の時でした。

 もう満身創痍というか、喉まで詰まった甘ったるい薫りの圧倒的な物量感により息苦しくてプヒプヒと呼吸を荒げながらも、今出来上がったばかりだと店員が声高らかに報告してきたチーズケーキをおかわりしに、体躯を気怠げに揺らしノタノタとした足取りで友人とカウンターへと馳せ参じた時でした。

 丸く美しいチーズケーキのホールからは、軽く湯気が立っていて、その甘い香りが鼻孔を擽った瞬間、私は吐きました。

 出来たてのチーズケーキは、自家培養した大量の吐瀉物によりコーティングされ、一言でいうなら『無残』または『無様』なものに早変わりしていました。

 私と友人同様に、チーズケーキに群がったお客さん達から発せられる叫喚の渦の中心で押しつぶされ掛けていた私は、隣にいる友人に助けを求めようと目をやれば……あの子は、千紗は冷たい目で私を見ていました。

 千紗は、冷たい目で私を見たままに言ったのです。

「マジ由々しき……。」と。


 千紗の言葉により事態を重く受け取った私は、小脇にコーティング済みのチーズケーキがのった大皿を抱え、一人逃げる様に店を後にしました。


 泣きながら家路について、後でお店に返しにいかなきゃと思いながら大皿と、とりあえずついでにチーズケーキも流しで洗いました。

 大皿は元の通りピカピカになったけれど……でも……チーズケーキは元通りなんて事にはならなくて、というかちょっと臭くて、そんなチーズケーキと今の自分を重ね合わせたらまた泣けてきて、私はチーズケーキにラップを巻いて、そっと冷蔵庫の中に眠らせ、二階にある自室へと駆け込みました。


 ベットの上でワンワン泣いて、時たま携帯を覗いて千紗からLINEが来てないか確かめて、またワンワン泣いて・・・・・・。

 どれくらいの時が経った頃でしょうか、いつの間にか陽が落ち辺りがすっかり暗くなっていた頃に、私は気付いたのです。



 私に足りないのは、愛なのだ。と。



 そうです、私に足りないのは愛なのです。

 だからケーキを食べ過ぎて無様な醜態を晒す羽目になったのです。

 きっとステキな彼氏がいれば、こんな事にならなかったのです。

 朝ドラのヒロインくらいにはなれると思うのです。

 そう思い至りて気力が湧いた私は立ち上がりドタドタと猛スピードで階下へ、まず向かう先は一つでした。

 流し台に置いた大皿を引っ掴み玄関へと向かう私を、パート先から帰ってきていたママが、「どこいくの!?」と呼び止めてくるけど、私は歩みを止めずに玄関先でつっかけを履きながら、「ちょっと愛とってくる!」と意気揚々に宣言し、全速力で家を後にしました。

 走る私の頭の中はもうお花畑でした。

 ケーキ屋に行き大皿を返して謝罪し罪を清算した私は、なんの後腐れもなく愛を興ずするというビューティライフを、それはそれはもう想像していたのです。


 

 時刻は21時30分、もうケーキ屋さんは営業していなかったけど、店内にはまだ明かりが点っていました。

 私は「すいません!」と息も絶え絶え言いながら、扉を勢いよく開けました。

 ええ、分かってます。非常識ですよね。

 でももう勢いでどうにかするしかねーなって思ってしまっていたんです。

 扉を開け放てば、可愛らしい制服に身を包んだお姉さんが急すぎる来訪にビックリしていました。

 たぶん昼もここで働いていたのでしょう、私だと分かった瞬間に「あっ……。」と、表情を引きつらせながら戸惑っているご様子でした。

 でも私はもう逃げません。

 欲しがりません、愛を勝ち取るまでは的な、ネバーギブアップの精神です。

 寝癖でグシャグシャに髪をおっ立たせ、ゼハゼハと息を大きく肩で荒げ、泣きすぎて腫れぼったくなった目で、私はお姉さんを見詰めていました。

 お姉さんはオロオロとしながらも厨房に向かって「繭水さーん!繭水さーん!」と、呼び掛けていました。

 厨房から気怠さそうな声色で、「なにぃ? 掃除終わったら今日はもう上がっていいよー」と返事が。

「いや、そうじゃなくて……。今日、げ……今日そのちょっと……。お客様がおみえなんですよ-」

「なにぃ? もう営業時間外なのに」

 面倒くさそうな表情でそう言いながら、厨房からコックコートに身を包んだお兄さんが出てきました。

 そして私を見るなり、「あっ……。」と、二度目の出迎えをしてくれました。

 二度もそんなお出迎えをされれば、いくら自業自得でも心が折れると思いますよね?

 でもこの時私は、少女マンガばりに、トクン。トクン。してました。

 だって……だって厨房から出てきたお兄さんが、超絶イケメンだったのですから。


――え、ウソ。なんでこの人パティシエなんてやってんの?絶対お姉ちゃんか友達に勝手にジャニーズ事務所に応募されて受かっちゃう系の人生歩む容姿じゃん。

 でも逆に……でも逆にパティシエって所がもうべらぼうに好印象で、それはもう最高すぎでしょ。やばい、ちょっとヨダレ出そう。


 なんてなことをボーッと思い耽ってしまっていたら、もう私の目の前まで繭水さんは来ていました。


「君、おーい。大丈夫?」


「はっ! 大丈夫です! 今日は本当にすいませんでした! あの! これ!」


 私は勢いよく頭を下げながら、大皿を両手で持ち、お兄さんの前に差し出しました。


「わざわざ返しに来てくれたんだね」


 そう優しい声音で言ってくれて、大皿を受け取ってくれるお兄さん。

 でも私は見逃しませんでした。

 お兄さんが親指と人差し指で大皿を持っていることに。


「あの……ちゃんと洗ったんで……」


「うん。そうみたいだね」


 持ち方が変わることは無かったけど、でもお兄さんは表情を崩すことなく、優しい声音でそう返してくれました。


 その時です。私は思ってしまったんです。

 あ、この人しかいない。と。

 この人が私に愛をくれる運命の人なのだ。と。

 トクン。トクン。と胸を高鳴らせる私。

 朝ドラやってる時間とか大抵寝てて見たことないけど、パティシエが主役の朝ドラがもしやっていたとして、そこでヒロイン演じているの、それ、私です。


「あ、あの! きょ、今日は本当にすいませんでした!」


「あぁ、大丈夫大丈夫、よくあることだから。まぁケーキの上に吐かれたのは初めてだったけど……。」


「……本当にすいません。」


「えーと、友達? 君がいなくなっちゃた後、お連れさんが凄い僕等とお客様にも謝ってくれてね、それに、君の分の会計も支払っていたみたいだし、ちゃんとお礼しといた方がいいよ」


 ウソ、千紗めっちゃいい奴。

 ごめん、まぢ私がブタで。


「はい……。明日学校でめっちゃ謝りたいと思います……。」


「うん、そうしな。じゃあもう遅いから、気をつけて帰んなね」


「あのッ!」


「はい?」


 恥ずかしくて顔が熱くなっているのを感じながら、でも私は勇気を振り絞って言いました。


「愛を……愛をください!」


「……アイ?」


「はい! 出来れば温めてください!」


 言えた! 私! ちゃんと言えた!

 

 思いの丈をちゃんと言葉に出来たことに喜びを噛みしめている私の傍らで、お兄さんはなぜだか虚空を見上げ考え事をしている様でした。


「え、あの……。」


「うーん、あったかなー。アイなんて……」


「え、あの」


「パリに修行しに行ってたときも聞いた事ないし……」


 なにパリに修行って……なにその素敵経歴。

 そんな事を思いながら、私はもの耽るお兄さんの顔をぽーっと頬を紅潮させ眺めていれば、お兄さんは言いました。


「ごめん、ちょっと分かんないや。うちでは置いてないな」


「いや置いてるとか置いてないとかじゃなくてですね……」


「もしかして……」


「そのもしかしてですよ!」


「いや今新作のケーキ作る時間がないんだよね」


「いや、ケーキじゃなくて」


「え?」


「え?」


 互いに顔を合わせること数秒、お兄さんは急に吹き出しました。


「もしかして、ごめん思い違いだったら。もしかして、これ、告白!?」


「……はい。」


 私が頷けば、繭水さんは爆笑をかましてくれました。

 そんな繭水さんに見かねたのか、店員の女の人が近づき言いました。

「可哀想ですよ、そんな笑っちゃ」


「あ、ごめんごめん。あまりにも急だったからつい」


「もぅ! 私もう帰りますね」


「ああ、お疲れー」


 でも別に味方では無かったみたいです。

 帰りたかっただけみたいです。

 店員の女の人は帰ってしまって、ついに私と繭水さんの二人っきりになりました。

 私は爆笑かまされてしまったけれど、でもどこか内心では期待していて、胸を弾ませていました。

 そんな私の方に繭水さんは向き直り、口を開きます。


「あー、えーと。ごめん……その、笑ったりして」


「い、いいんです! わ……私の方も急でしたから!」


「あ、うん。それでね、ちょっとそのお願い事を叶えるのは僕にはムリかなって思うんだ」


「なんでですかッ!?」


「……ほら、歳も離れてるし……」


「愛に年の差なんて関係ないと思います!」


「君、いくつ?」


「16です。」


「いや捕まっちゃうから、僕。」


「こ、公認なら大丈夫ってクラスメイトのビッチが言ってました!」


「う、うーん……。あ! ほら僕はまだパティシエとして半人前なわけでね、だからその脇目を振っている場合じゃないというか……」


「女人禁制ってことですか?」


「うん、ちょっとなに言ってるか分からない」


「ケーキを作るのが複雑だからですか?」


「はい? まぁそうだね。」


「でも私、思うんです。愛を作るのだって複雑だと思うんです。ケーキ作りに似た複雑さだと思うから! だから両立できますって!」


「……なに言ってるの?」


 愛ほしさに必死になりすぎて、自分でも何を言っているのか分からなくなっていました。

 そんな私の肩に繭水さんは手をのせ、優しい声音で言いました。


「愛はね、作るものじゃないんだ。育むものなんだよ」と。


 完敗でした。

 イケメンにこんな臭いセリフ言われたら、もうお手上げでした。

 私は泣きながら家路に着きました。


 家に帰れば居間で、どこかで飲んできたのか酔っ払ったパパが、私が冷蔵庫の奥にそっとしまっていたチーズケーキを食べていました。


「おぅちなっちゃんおかえり! なんかこれ変な味すんな! ブルーチーズでも入ってんのかな!?」


 呑気にそんな事を言いながらチーズケーキをつつく父を見ていたら笑けてきて、でも心の中では絶対パパみたいな人とは結婚しない!なんて思う今日この頃。

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愛をください、出来れば温めてください。 へろ。 @herookaherosuke

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