愛をください、出来れば温めてください。

へろ。

断捨離

 断捨離をしようと思って『ときめく物』と『ときめかない物』に分けて処分したら、家の中のもん全部なくなった。



 空っぽになった六畳一間の真ん中で、一人ぼーっと体育座りをし、虚空を見上げていれば、気付く。

 俺に足りないものは、愛なのだ。と。


 とりま、俺は最寄りのコンビニに向かった。

 いつも仕事帰りに立ち寄るコンビニ、行き付けのコンビニ。

 時刻は深夜一時、皓々と店内に点る蛍光灯の明かりはやけに眩しく、店員は事務所でサボっているのだろうか、俺一人だけが客としているこのぼっちな空間に、つい寂しさを覚えてしまう。


 俺は一人店内をうろうろ歩き、商品を物色してはみるが、愛は見つからない。


 仕方がないので俺は誰もいないカウンターの前に行き、「すいませーん。」と、店員を呼んだ。

 すぐに店員は出てきてくれた。


 気怠そうな表情を浮かべる彼女は、たぶん大学生なのだろう。生きるということに懸命さが窺えない。まぁそれは俺も一緒なのだが。


「はい。なんですか?」と店員に訊かれ、俺は言う。

「愛をください。」と。

 店員は数秒沈黙した後、「はっ?」と、問うてきた。

「いやだから、愛をください、出来れば温めてください。」

 店員は訝しげな表情を浮かべた後、言った。

「新手のナンパですか?」と。

 店員の斬新な問いに、つい俺は「はぁ?」と、問い返してしまう。

 己のミスをようやく理解出来たのか、店員は慌てた表情となっていた。

「え、すいません。でも愛ですか?」

「はい、愛です。出来れば温めてください。」

「えー、愛なんて商品あったかな……。新商品とかですか?」

「新商品であるんですか? 愛。なんか昔からある気がするんですが」

「あー!じゃあ、あれかも!」

 店員に思い当たる節があるのか、表情を明るくさせた彼女はカウンターから出て、商品棚の方へと歩いていった。


 十数秒後、カウンターの中へと戻ってきた彼女の手には一つの商品が、「これでお間違いないですか?」と聞きながら、その手に持つ商品を俺に見せてくる。

 それは、とんでもなく見当外れな代物だった。


「ハートチップルって……、それスナック菓子じゃないですか……」

「……これじゃなかったですか?」

「全然違いますよ、ふざけてるんですか?」

「いや、その……。ハート型のチョコレートと迷ったんですか……、もしかしてそっちの商品でしたか?」

「いやだから、それはロッテのガーナリップルでしょ? 違うんだよなー、別にハート型の食い物を求めてるわけじゃないのよ」

 そう俺が優しく諭してあげたのだが、店員はひどく腑に落ちない表情で、「じゃあ、なんなんですか?」と問うてくる。

 一度、思いきし溜め息を吐いた後、俺は俺が愛を求めている経緯を説明してあげた。


 ときめく物とときめかない物に分け、断捨離を行ったこと。

 そしたら家の中のもん全部なくなったこと。

 なんにもない六畳一間で一人虚空を見上げ、そして俺に足りないものは愛だと気付いたこと。


 事細かに、その全てを俺は彼女に説明したのだった。

 彼女は俺の話を聞き終えた後、言った。


「店長呼んでいいですか?」と。

「店長は女ですか?」と、俺は確認せざる負えなかった。

「男です。四十半ばの疲れたおっさんです」

 平然とした表情で、彼女は応えてくれた。

「じゃあ、いいです。呼ばなくて。」

 と、俺が丁重にお断りすれば、彼女は気でも触れたのかの様に顔を赤らめ激昂してきた。

「いやだからッ。これナンパですよねッ?困るんですよッこういうのッ。なんなの?訊いてもないのに、いきなり訳分かんない話してきてッ。いや知らねーよッ」

「知らねーってなんだよッ。客だぞ俺はッ」

 彼女の気迫にビビってしまった俺は、つい声を荒げてしまっていた。

「なんも買ってないじゃん。客じゃないじゃん。つーか、あんたに足りない物って、圧倒的に家具だからッ」

「家具じゃねーよッ愛だよッ」

「実家帰れよッ」

「帰らねーよッ」


 それは、酷いやり取りだった。

 俺が求める愛など一欠片も見当たらない、ひどい口論だった。

 だからつい俺は目に涙を溜めて、強がりを言ってしまった。


「じゃあもういいよッ。お前でいいよッ。愛ください、出来れば温めてください!」

 女は俺の告白に肩を振るわせ応えてくれた。

「もうッだからこれナンパですよね!?」

「さっきからナンパナンパうるせーなぁッ。本当はタイプじゃねーよ、お前」

「はぁッ。ちょっともうホントにいい加減にしてくださいッ。呼びますからねッ」

「だから店長男なんだろッ。呼ばなくていいよッ」

「店長じゃなくて警察をだよッ」

「……ファミチキ一つください。」

 

 深夜二時過ぎに食うファミチキは、美味かった。

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