それでも魔女は毒を飲む

小本 由卯

第1話 それでも魔女は毒を飲む

 私は魔女の国から逃げ出した。

 しかし、気に留める者はいなかった。

 彼女らにとって、異端な魔女など邪魔なだけだったのだろう。


 魔女が嫌だったわけでも、魔法が苦手だったわけでもない。

 外の世界を自分の目で見てみたい。

 それだけだった。

 恐ろしい目に遭う可能性も十分に理解していたが、私の中にはそれをはるかに

上回る好奇心があった。

 

 確かに、普通の魔女ならこんなことはしない。

 自分が異端な魔女という自覚はある。

 ……。


 私は辿り着いた街で暮らし始めた。

 魔法の力を捨て、只の人間として。


 街の人々は優しかった。

 外の世界を知らない私に、色々なことを教えてくれた。

 そんな私自身も、街の仕事を手伝ったりと街の環境に

溶け込んでいた。

 

 私を魔女と知ったら、彼らはどういう顔をするだろうか。

 少し打ち明けてみたい気持ちもあったが、身の危険を考え黙って

いることにした。

 何しろ魔法はもう使えないのだから。

 

 この街に、己の病と闘う一人の女性が住んでいた。

 何とか彼女の力になりたいと思った私は、度々彼女の元を訪れていた。


 ある日、出迎えてくれた彼女の様子が変だった。

 ……その理由はすぐに理解した。


 突然、彼女は私の前で動かなくなった。

 私達が飲んでいた紅茶に毒が盛られていたのである。


 しかし、私は生きていた。

 答えは簡単、魔女だったからである。

 魔女は毒素に囲まれた環境で生きている。

 その為、大概の毒物は効果がない。


 そしてこの毒を盛ったのは彼女自身。

 彼女は壊れていたのだ。

 心中のつもりだったのか、それとも憎まれていたのか。

 私が彼女に深入りしなければ、彼女はこんなことを

しなかったのかもしれない。

 彼女の心境に気づいてやるべきだったのである。


 私が彼女を壊したも同然だった。

 この世界に私が生きる権利はない。


 この出来事を境に、私はこの街から姿を消した。

 ……。


 私は、人目を避けるように森の中で暮らしていた。

 魔女にはお似合いの場所だった。

 魔女の国に戻った所で、もう私の居場所はない。


 私は毒を飲み続けていた。

 彼女が使った毒と同じものである。

 無意味だとはわかっていたが、万が一死ねるのなら理想の

最期だと思ったからである。

 

 ある日、私の前に見覚えのある人物が現れた。

 一緒に街の仕事を手伝っていた青年だった。

 彼の心配をよそに、私は乱暴な言葉で追い返してしまった。


 何日か経って、彼は再び私の家の前に現れた。

 「……少し話だけでも、させてもらえませんか」

 彼の真剣な声に何かを感じ、私はドアを開けた。


 彼は私の顔を見ると、鞄から取り出した青い瓶を私に差し出した。

 「……これ、魔女殺しの毒薬です」


 彼がなぜこんなものを。

 驚く私に対して彼は告げる。

 「……僕は、魔女殺しの家系です」


 彼は気づいていた、私が魔女であることを。

 言葉を失った私に、彼は話を続ける。


 「それを飲んで効き目があるとすれば、貴方の身体は何も残らない」

 「でも、もしまだ少しでもこの世界に興味があるのなら……いや」

 彼はそれ以上何も言わず、私の前から立ち去った。

  

 彼の考えは理解していた。

 私の運命を私自身に委ねてくれたのだ。


 でも、彼は私の死など望んでいない。

 もう一度あの街でみんなと……。


「……ありがとう……でも……それでも私は……」

 私はそう呟き、瓶の蓋に手を掛けた。


 私は十分だった。

 魔女を受け入れてくれる人もいたこの世界を、自分の目で

見ることができたのだから。



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