理想の男

高井うしお@新刊復讐の狼姫、後宮を駆ける

第1話

■五人の女の理想の男


絵美 ……ごく平凡な会社事務員。

紗英 ……ネイルサロン経営。おしゃれだが実は経営は苦しい

さり ……元ギャル。シングルマザー。離婚歴2回

穂乃香……図書館司書。趣味人

美紀 ……駆け出しのイラストレーター兼漫画家

(キリノ……五人の共通の友人。交友関係が広いらしいが正体不明)


 夜八時 都内の小さなカフェバー 貸し切りなのか客はいない


絵美:ここかしら……おーい……店員さん居ないの?


 書き置きを見つける絵美。


絵美:えーっと「秘密厳守の為、店員はおりません。お飲み物は卓上のドリンクバーからお好きな物をお取りください」あ、本当だ。おつまみもある。


 とりあえず、オレンジジュースをとる絵美


絵美:それにしてもオシャレなところ……マンションの一室がこんなになっているなんて。さすがキリノの知ってるお店ね

紗英:あのー、良かった人が居た

絵美:どうも……あ、お花見の時に会いました? えっと、紗英さん

紗英:ああ、そういえば!

絵美:良かった、知っている人がいて。絵美です

紗英:キリノの交友関係ははんぱないものね

絵美:ええ。なんであんな素敵な人が私なんかと友達でいてくれるのかわからないわ

紗英:失礼ですけど、普段は……?

絵美:普通の会社員です

紗英:そうですか、私はネイルサロンをやってます……あ、これお店の名刺です

絵美:わあ、すごい。そういえば綺麗な爪ね

紗英:今日の為につい気合いが入っちゃってます

絵美:この会の事……

紗英:ええ、誰にも言ってないですよ。私だって半信半疑なんですもの

絵美:ですよねぇ……理想の男を用意する会ってなんのことだか

紗英:つまりは婚活パーティってことよね

絵美:紗英さんもそう思います?

紗英:他になにがあるっていうの?


 紗英はドリンクバーからシャンパンを選ぶ


絵美:キリノがただの婚活パーティをするかなって。

紗英:そうね……もうこの時点で普通じゃないわね。スタッフもいないなんて


 絵美と紗英は少し不安げに会場のカフェバーを見渡す。その時、ドアの音がする。ふたりはびくりとする


さり:ちーっす……。うわ、すっげ

絵美:こんばんは

紗英:こんばんは

さり:ども、あたしはさり。キリノは?

絵美:ここには居ないみたい

さり:なに考えてんだあいつ(舌打ち)


 柄の悪いさりの様子に絵美と紗英は顔を見合わせる。


絵美:飲み物はあそこから取って下さいだって

さり:お、ありがとう


 さりはビールを取る


さり:じゃーKP!

絵美:けーぴー……?

紗英:乾杯ってことね。ま、他の人もまだこないしとりあえず乾杯しましょうか。

さり:KP!

絵美:KP!

紗英:KP!


 乾杯する三人。


絵美:後は何人来るのかしら

紗英:私は全部で五人って聞いてる

さり:じゃああと二人か

絵美:わかりにくいとこなんで迷子になってるかも

さり:確かにね、このマンションにたどり着くだけでも大変でっさー


 ドアの音、か細い声が聞こえる


穂乃香:あのー……

紗英:ここにいますよー

穂乃香:ああ、良かった……人が……


 地味そうな見た目の穂乃香をみてさりが声をあげる


さり:すげーなキリノ、こんな地味な女もダチなのか

穂乃香:あ、あの……ごめんなさい……

紗英:ちょっと……(咎めるように)

さり:あ、ごめんごめん。思った事すぐ口にするからあたし駄目なんだよなー。前の旦那ともそれで別れたし

絵美:前の旦那さん?

さり:あ、うち離婚してんの。シングルマザーってやつ。チビはババアに預けてきたから早くはじめてほしいんだけどな

紗英:みんな色々あんのね


 三人の視線が穂乃香に集中する


穂乃香:いえ……私は……そんな……ないです……

紗英:お仕事は?

穂乃香:図書館司書です

紗英:そっか、じゃあネイルは無理ね(と、名刺をひっこめる)

さり:なに、ネイルサロンやってんの。すげー

紗英:この名刺でパーツひとつおまけするわ。よかったら

さり:へー、あんがと

絵美:お名前は?

穂乃香:穂乃香といいます

絵美:穂乃香さんなに飲む?

穂乃香:じゃあ……あ、十四代がある!


 日本酒を選ぶ穂乃香。周りは意外そうな顔で見ている。


穂乃香:日本酒好きなんです

さり:へー、まあいいやとりあえず乾杯

穂乃香:はい、乾杯


 くっと日本酒を飲み干す穂乃香。


穂乃香:この旨味と甘みに上品な香り……やっぱり美味しいですね。私、キリノさんとは日本酒の会で知り合って

紗英:なるほどね


 穂乃香とキリノとの関係を理解する三人


絵美:あと一人か……


 と、カフェバーの扉開く


美紀:あああ! ここでいいんですね!

紗英:いらっしゃい

美紀:いやあ、最初に来たんですけど本当にここか自信がなくなって……このあたりをぐるぐる……

絵美:仕方ないですよ。キリノさんも『隠れ家中の隠れ家』っていってましたもん

紗英:飲み物はあそこからですって

美紀:あ、じゃあなにか甘いの……サングリアでいいか

さり:これで五人

紗英:全員集まりましたね。乾杯

全員:乾杯

絵美:えーとお名前は

美紀:あ、美紀といいます。よろしくお願いします。


 すると突然会場が暗くなる


絵美:えええっ!?

さり:なんじゃこりゃ


 するとプロジェクターが壁に文字を映し出す


美紀:キリノのイケメン調査にようこそ……?

絵美:皆さんそれぞれ理想の男性像について思う存分語り合ってね

紗英:最高に素敵な理想の男性をプレゼンできた人にはななーんと

穂乃香:キリノのお友達からぴったりの男性をプレゼント!

さり:がんばってね~……ってなんだこりゃ


 パッと会場の明かりがついて、五人はお互いに顔を見合わせる


さり:ふざけんな。あたしは男はこりごりなんだよ。うまいもん食わせるって聞いたから来たのに

紗英:まあ、そこにウニとかキャビアとかありますけど

さり:本当だ!


 食いに走るさり


穂乃香:私は趣味のあう人を紹介するからって言われたんですが……

絵美:それは……まるきり嘘とは言えないわね……

穂乃香:でもプレゼンとか無理です……私、ごめんなさい帰ります


 ドアを開けて帰ろうとする穂乃香


穂乃香:あ、あれ……開かない……

紗英:どうしたの

穂乃香:外から鍵がかかっているみたいです

紗英:つまり……理想の男性を語り合わないとこの部屋から出られないってこと?

絵美:ええっ


 絵美が声を上げた瞬間に、奥のソファの照明がつく


美紀:あそこで話せってことでしょうか

紗英:はあーっ、キリノったら……やっぱりただの婚活パーティな訳なかった……

さり:ちょっとー。遅くなるとチビがかわいそうなんだけど

穂乃香:キリノさん……どっかで見てるんでしょうか

絵美:でしょうね……


 それぞれにキリノの顔を思い浮かべる五人


絵美:やるしかないって事かしら

紗英:そうね。キリノの事だから

さり:まじかよ

穂乃香:ただ……キリノさんは嘘をつく人じゃないですよね

美紀:つまり、本気でプレゼンしたら……そんな男性を紹介してくれるってことなんでしょうか!


 五人の間に妙な空気が流れる


紗英:……やりましょう

美紀:そうですね。ただ突っ立って時間が経つのを待っていても仕方ないですし……

さり:理想……

美紀:それでは、みなさん理想の男性のタイプをひとりずつ言ってみましょうよ

穂乃香:え……


 五人は再び黙り込む


紗英:もう! じゃあ私から行くわ。私は、経済力がある男性! つまりお金持ち

絵美:また正直ね

紗英:……ネイルサロンなんて華やかそうに見えるだろうけど大変なのよ……

美紀:でも、ある程度の経済力は魅力ですよ。私もフリーランスなので、パートナーは安定した経済力が欲しいかな

穂乃香:あの、美紀さんは何している人なんですか

美紀:私? 私はそのー。イラスト描いたりしてます

穂乃香:イラストレーターさんですか、すごい!

美紀:いや……そんなでも……マンガも描いているけど読み切りか短編ばかりで

絵美:ええ? でも私ただの会社員ですよ? この中では没個性の塊なんですが

紗英:そんな絵美さんの理想のタイプは?

絵美:優しい人ですね

紗英:わお、さすが没個性!


 絵美は少し紗英を睨み付ける


さり:優しいのは大事だよ~、あたしも旦那の暴力がひどくて別れたんだから

穂乃香:それは大変でしたね……

さり:うん。とにかく殴らない、打たない、買わない……ならあたしは誰でもいーや

穂乃香:さりさん……それは理想って言わないんじゃ

さり:そう? じゃあうちの子を可愛がってくれる人がいい。ほんと、それだけで


 なんだかしんみりした空気が五人の間に漂う


美紀:穂乃香さんは?

穂乃香:私は……キリノさんにも言ったんですけど趣味の合う人です

美紀:穂乃香さんの趣味って

穂乃香:読書に観劇、和装、手芸、食べ歩き……

美紀:多いですね……

穂乃香:だから趣味に投じるお金が多いんです。お付き合いする人とはいつもそれで噛み合わなくって

美紀:わかる……

穂乃香:わかってくれますか!

美紀:私もマンガとかイベントとかに大金つぎ込みますから

穂乃香:ですよねぇ。

美紀:推しには貢がないと……

穂乃香:ですよねぇ

絵美:ちょっとわかんない世界だわ

美紀:わかんなくてもいいんで、せめて口をださないで欲しいんですよね

穂乃香:そうそう、それです


 美紀と穂乃香は意気投合したらしい。がっしと握手を交わす


紗英:で、これまでの理想をまとめると、お金持ちで優しくて連れ子を可愛がって趣味に理解のある人……ってことかしら

絵美:なんだかごちゃごちゃしてない?

さり:優しい人なら連れ子にも優しいんじゃ?

紗英:そっか、じゃあお金持ちで優しくて趣味に理解のある人

美紀:なんか薄っぺらいキャラクターだなぁ……

穂乃香:えっ

美紀:もっとこうインパクトが欲しいわよね。絵的に

穂乃香:絵的にって必要ですか?

美紀:そうじゃないと読者の心に残らないじゃない

穂乃香:えーっとそれは………って何描いてるんですか

美紀:理想の男性……

さり:こいつずるい! 絵を描いてる

絵美:視覚情報で訴えるつもりですか!

美紀:ふん! だって一番いいプレゼンしたらキリノからそんな男性を紹介して貰えるんでしょ? 見た目も大事だし。私はとにかく胸筋が……

絵美:私だってイケメンがいいです!

紗英:あっ、本音が出た!

絵美:矛盾しませんよ、優しいイケメンです

さり:まあ顔は大事だよな

絵美:理想なんでしょ。現実ならそこは妥協しますけど


 五人はじっと目を瞑ったそれぞれ理想の顔面を思い浮かべている


絵美:菅田将暉……

紗英:えー? 私は玉木宏

さり:あたし? えっと松坂桃李

美紀:えっ、エグザイルじゃないの?

さり:別に嫌いじゃないけど。顔面の話だよね

穂乃香:私は茂山宗彦(しげやまもとひこ)

さり:誰だよ

穂乃香:狂言師です

美紀:私はリヴァイ……

全員:そうきたかー


 なんとなく全員にあきらめの表情が浮かぶ


紗英:結局さー、実物目の前にしないと理想の男性かどうかわかんない気がする

絵美:ですよね

美紀:私は実物がこの世にいない気がする

さり:あたしは見る目がないから男はこりごり

穂乃香:でもこのままだとここに閉じ込められたままなので……いっそ欲望のままに理想の男性を一人ずつ叫びませんか

紗英:そうね……そうでもしないとキリノはここを開けてくれそうにないわね

絵美:じゃあ! 私からいきます! ちょっと木訥な感じで線の細い優しい人! あとお金持ち! あと面倒な実家がついてこない!

紗英:経済力があって、仕事の邪魔にならなくて、セクシーな感じで、面倒な実家がついてこない!

さり:腕っ節が強いけどあたしには優しくて、あとチビを可愛がってくれて、面倒な実家がついてこない!

穂乃香:文化や趣味に理解があって面倒な実家がついてこない!

美紀:三次元! 筋肉! 面倒な実家がついてこない!


 全員が叫び終わった……するとまたプロジェクターに文字が現われる


絵美:大変興味深かったわ

紗英:みんなの気持ちがわかりました

さり:それではお待たせしました

穂乃香:お待ちかねの理想の男性がそこにやってきます

美紀:楽しみにまっててね


絵美:え……


 するとカツンカツンと足音が聞こえる。五人はそれぞれ目配せをする。ドアの開く音がして暗転。

 



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