Track.9-10「魔術の世界……」

「これが、……っ、……あたしの、っ……復讐だからです」

「成程――どういう復讐なのですか?」


 り上げてくる呼吸を何度も飲み込んだせいでお腹が痛い。

 でもまだ、あたしは力む必要がある。意識をしっかりと保たなければ今も不出来な感情の渦に飲み込まれてしまいそうで。


 正面を見据えると、文輝さんが真っ直ぐにあたしを見ていた。

 観察?洞察?あたしを見透かすような目を、隠そうともせずただ真っ直ぐに。


「……あたしは、」


 だからあたしは、包み隠さず正直に話す。

 いや、だから、じゃない。もともと最初からここまでを正直に話すつもりだったから。


 まとめると、とても簡単な話だ。

 あたしの復讐は、あたしがアイドルとなってRUBYルビ一員メンバーとしてキラキラとした舞台ステージの上であたしもまた輝くことで、あたしをいじめた人たちや心無い言葉を電子に載せてぶつけてきた人たちを見返す、そんなものだ。


「――なら尚更、君は笑わなきゃ駄目だ」


 最後まで耳をそばだて聴いていてくれた文輝さんは、あたしの言葉が終わると同時にそう言い放った。


 その時あたしが受けた印象を言語化するのなら、それは森を抜けて開けた草原から吹き込む一陣の爽やかな風、だった。


「復讐という言葉は何やら物騒だけども、紐解いてみれば“色々言ってた奴らを見返したい”、そういう認識でいいね?だったら尚更のこと――君は、笑えない君のままではいけないよ」

「……はい」

「笑ないのはいい、だけれどそれは笑ないのとは違う。君が君を嘲笑った・貶めた人たちを見返そうと、アイドルとしてキラキラとした世界に自らもまた輝こうと努力する姿は劇的に映るだろう。その経緯、その経過はきっと見る人を惹き付ける魅力に富んでいるだろう。誰もがとは言わないけれど、君のその奮闘を、君なりのその“復讐”を応援する人も勿論現れるだろう」

「……はい」

「でも結果が伴わなければただの依存だ、その物語は茶番でしかない。だから君は、すぐで無くてもいい、でも絶対に、笑えるように

「…………はい」


 草原に吹き荒び草葉を散らす風はきっと南から吹き付けている。徐々にしかし明確に熱を帯びた文輝さんの饒舌にてられて、きっとあたしは顔を赤く灼けさせていただろう。


「だから僕が問うのはこれからのひとつ、たったそれだけだ。――あなたが笑うようになるまでのその期間、その時間に、


 熱弁とはまさしくそれを言うのだろう。

 そしてあたしは、その問いに対する答えは――そんな問いが来るなんて思っていなかった。予想がついていないのだ、用意なんて出来る筈が無い。


 でも。


「作ります。その価値を、あたしは作ります」


 回答こたえはすんなりと言葉になって出て来た。それまで飲み込んだ片っ端から溢れ出てくる嗚咽と慟哭は、覚悟の前に鳴りを潜めたらしい。

 立ち上がりそうなほど前のめりに目を見開いた文輝さんは、ほわりと微笑んだ。


「――いい表情だ」


 そして改めて椅子の座面に腰を、背凭れに上体を落ち着け預けると、両サイドを回し見る。


「えっと、そういうことで僕は大賛成なんだけど……運営サイドは?何かあるかい?」

「……プロデューサーにそう言われて断れる立場じゃ無いですよ」


 頭を抱えるように苦笑しながら斎藤さんが吐き捨てた。

 西田さんは何も言わなかったけれど、ひとつ溜息を吐いて厳しさを表情に宿した。



 でも結局、あたしの処遇については追って連絡が来る、ということになった。あたしを受け入れてくれるのはあくまでプロデューサーの個人的な判断で、あたしがRUBYルビに戻るということはやはり一存では決められない、というのがその理由だ。


「でもきっと君は戻るよ。君がどうして“休業中”のままだったのか――判るね?」


 文輝さんは別れ際にそう問う。あたしは躊躇ためらいがちにひとつ頷いた。


「――君の価値は、君にしか作れない。そして肉体と精神を削って削って自らの価値を高め輝いていく宝石のような存在を、僕はアイドルだと思っています」

「……はいっ」

「君が輝くお手伝いを、出来ることを心から楽しみにしています」

「はいっ!ありがとうございました!」


 深く頭を下げ、会議室を出たあたしたち。

 どうしてだか後ろ髪を引かれ、あたしは返した踵で三歩ほど歩いたところで振り返った。


 文輝さんは、微笑んでそこにいた。

 だからもう一度だけ、あたしは振り向いて頭を下げる。


「退院はまだ出来そうに無いんでしょう?」


 先導してくれる西田さんが難しい顔をしながらそう訊ね、あたしは小早川さんを見る。

 小早川さんは「僕に訊かないでよ」とでも言いたそうに首をフルフルと横に振った。


「……今度、お見舞いに行くね。はららも連れて行こうかしら」

「……はい、是非」


 本当に、心の底から後悔する。

 こんな時、笑うことが出来れば。微笑むことが出来ればどんなによかっただろう。



「……取られちゃったなぁ」

「え?」


 小早川さんが運転するその後部座席で、叔父さんはぽつりとそんなことを呟いた。


「いやね、もし芽衣ちゃんが興味あるんだったらさ」

「はい」

「僕の手伝いとして魔術の世界に誘っちゃおうかなぁとは考えていたんだ」

「魔術の世界……」


 叔父さんの手伝いってことは――異世界を創り出した魔女の、その異世界の運営を支援サポートする業務の、お手伝いってことだ。

 お手伝いのお手伝い、と言い換えてもいいと思ったけれど、お手伝いのお手伝いは流石に言葉としてどうかと思う。


「そ。言ってなかったけど、先月の頭にさ。なかなか無い巡り合わせでご縁があってさ――夏頃から本格的に動く話で進めてるんだ」

「そうですか……」


 興味が無かったと言えば嘘になる。もっと正直に言ってしまえば、アイドルの道がもしも断たれたなら、その道に進むのも悪くは無いかもしれないと思っているくらいだ。

 スマホで探せる範囲ではあるけれど、魔術士の仕事についてもちょっと調べてみたあたしは、思いのほか魔術士がこの国では警備のお仕事に深く関わっていることを知り、例えばあたしが魔術士になって、RUBYルビのライブや握手会なんかでメンバーたちを護る――なんて未来もあっていい筈だ。


「でも格好良かったらからなぁ――芽衣ちゃんの本気がとても伝わったよ。僕は横で聴いているだけだったけど。これなら、魔術業界に誘うわけには行かないなぁ、って思ったよ」

「そうなんですね」

「そう――芽衣ちゃんがアイドルとして輝いているところを、応援したくなった」

「……ありがとうございます」


 どうしてだろう。

 叔父さんの話を聴きながらあたしは、どうしてだかさっきから自分自身で思い浮かべた妄想の未来――あたしが魔術士になってRUBYルビを護る、という未来だ――のやけに鮮明なその様子に引っ掛かりを覚えていた。


「……叔父さん」

「ん?」


 だからだろうか。


「あたしはアイドルになりたい。アイドルとして頑張っていきたい。でも――」

「でも?」

「――魔術、も、覚えたい」


 そんな願いを、言葉にしたのは。

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