Track.9-11「——“共鳴廻廊”」
◆
色々と、あった。
先ず、咲ちゃんの手術が無事終わって、でもなかなか包帯は取れなかった。
外科手術じゃなくて魔科手術だから術後の腫れなんかも無いし、だからそれは咲ちゃん自身の心の問題だっていうこと。
「わたしはさ、綺麗さっぱり元のわたしに戻りたいって思って、外科手術じゃなくて魔科手術、しかも選り好んで常磐美青っていう超絶半端ないハイパー魔術師女医さんを指名したんだよ?」
「うん」
「……それなのに、……包帯取って“わたしじゃない”なんてなるのは、……怖いよ」
気長に待つしかない――それは、常磐さんも叔父さんも同じ意見だった。
ここであたしがどうこう言ったところで、結局前に進むことを決めるのは咲ちゃんだから。
確かにそうだと思う。無理やり手を引っ張って連れて行くのは、きっとあたしの傲慢でしか無いんだろうな――それでも。
それでも、手を引くではなく、背を押すでもなく、ただ肩にぽんと手を置いて微笑むような――そんな応援だってある筈だ。
次に、あたしの検査結果が出た。
検査結果と言っても、手術をした心臓の孔のことじゃなく――ああ、勿論そっちの方も何度か受けて今のところ順調。そうじゃなくて、あたしの“霊基配列”の検査結果だ。
生物はおろか無生物も含めて、あらゆる存在には霊基配列という、霊的なDNA情報――と言うと実際は語弊があるらしいんだけど――が刻まれていて、人の場合それは脊髄の内部、霊的座標上にあるんだとか。
魔術士はその配列を自在に組み替えることで術式を構築し、そこに体内を循環する
意思を込められた
――それが魔術だ。と、叔父さんから習った。
「とは言っても、霊基配列の組み換えを覚えれば誰でもどんな魔術が行使できるかと言ったらそうじゃない。遺伝子のように先天的にある程度決まった得意・不得意が誰にもあって、また環境という後天的な条件によってもそれは変わる」
魔術は膨大すぎて先の見えない学問だと説く叔父さんの顔は真摯そのものだ。
半ば空いた窓から風が木の葉を病室の中に吹き入れたのも気にならないくらいあたしもまた真剣に話を聞く。
「そして魔術士の系譜が長いほど、その家の遺伝子は霊基配列が扱える魔術を特化させる傾向にある」
「特化?」
「そう――例えば、うち、森瀬という魔術士一族の
「え、そうなんですか?」
「うん、そうなんだよ。でもそこに偶発的に流術の才能を持つ突然変異が現れて――そこから先は“血の操作”という極めて
「……はい」
多岐に渡れば渡るほど、そのひとつひとつの習得深度は浅くなる。交友関係と一緒だ。
だから多くの魔術士は学ぶ範囲を限定してより真理への到達の確率を上げようとする。特に子孫を残す時にそれは顕著に現れ、生まれて来る子供の霊基配列を理想に近づけるための“魔術婚”というやり方もあるらしい。
「でも結局、多面的に紐解いていかなければ真理はその片鱗すらも覗かせてはくれないんだ。個人としての魔術士が複数の魔術系統を修めるのはそのためさ」
「叔父さんは、その……“血の操作”以外の魔術は使えるんですか?」
「僕かい?」
目尻を垂らして口角を持ち上げる柔らかい笑み――叔父さんが自慢ありげに話す時の顔だ。
「そもそも“血の操作”という魔術自体が複数系統の複合的なものでね――液体を操る面は流術の、血液中の元素を操るのは鉱術の、生体組織を操るのは骸術の領分なんだ。だから僕は実際には液体操作や鉱物操作、簡単な治療魔術程度なら修得している。勿論、霊基配列を介さずに行使できる瞳術や躰術も、必要最低限のものは修めてるよ」
「へぇ……すごい」
感嘆のあまり惚けてしまったあたしの表情を見て、叔父さんは照れくさそうに笑う。
「一応、これでも昔は
「あ、そうだった」
そう。叔父さんは、あの常磐さんと元同僚という経緯を持つ。それがどれくらい凄いのかはあたしにはよく判らないけれど、でも聞く限り調べる限りでは常磐さんは途轍もなく凄すぎる魔術師だった。だからその常磐さんと肩を並べていたという叔父さんも、ちょっと?そこそこ?まぁまぁ?凄い、ってことだ。
「それで――芽衣ちゃんの霊基配列についてだけど……」
「あ、はい」
後見人ということであたしよりも先にその結果を告げられた叔父さんは少しだけ言い淀んだ。
「……一部に経年固着が見られた」
「固着……」
「つまり、君は僕のような“自分で霊基配列を組み替えて術式を構築する”魔術士にはなれない」
「……なれない、ですか」
霊基配列は意識的に動かしていないと段々と固着し始める。凝り固まってしまうのだ。
でもそうなったとしても、存在を持続させるにあたって別段問題はなく――ただし、凝り固まった霊基はその配列を組み替えることが出来なくなる。
人で言えば、大体思春期を迎える頃に固着が始まるそうで、あたしの場合は人よりもそれが遅かったけれど、結局固着が始まってしまったらどうしようも無いらしい。
「……そうですか。じゃあ、魔術士の道は諦めなきゃですね」
自分を嘲笑うことも、突き付けられた現実に苦笑することすら今のあたしには出来ない。それはさぞ悲痛に映ったことだろう、本当に不甲斐ない。
「いや――その道は諦めなくてもいい」
「え?」
「奇跡的に、凝り固まった配列が何らかの術式だった、ということがある。多くは
「え、え?」
「魔術業界では“異術”と呼ばれるものだ――実際に
半ば困惑したまま、あたしは叔父さんに引き連れられて屋上へと移る。常磐さんに許可は頂いているらしい。
急に始まった“魔術の訓練”――
「さ、やってみて」
「うん……」
始めてから5日間という僅かな期間で初歩中の初歩である瞳術
途端に、身体の奥で“ドクン”という脈動の響きがこだまして。
まるで爆ぜたように膨大な熱が脳髄から全身に駆け抜けた。
それはすぐに気味の悪い悪寒に変わり――訓練で首筋に掻いた汗の雫を、ソレへと変貌させる。
透明色の、
「……そうか、そうだよな」
何を納得しているのかは判らないけれど、叔父さんはあたしによって行使されたその術のカタチを見て頷いている。
「汗もまた、濾過した血液――というか、体液なんて全部そうか。僕としたことが……いや、僕ら一族みんなそうだな……」
あたしの周囲を飛び交う蜉蝣を眺めるあたしの傍らで、叔父さんはそんな風にブツブツと独り言を繰り返していた。
でもはたと気付くと、やがてあたしに向き直って真剣だけれど穏和な表情で問い掛ける。
「それは、君だけの異術だ。術式の名称は……どうしようか?」
「あたしが決めるんですか?」
「別に芽衣ちゃんじゃなくてもいいけど、効果を検証してからゆっくり考えるかい?」
「いえ……」
蜉蝣たちが翻る。その透明な輪郭が陽の光に煌めいて揺れる。
「——
その様子を見ていたら、心の中にそんな名前が浮かび上がった。
どうしてだか零れた涙も、頬を通り過ぎたところで蜉蝣になって舞い上がった。
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