Track.9-08「応援って、何ですか」
「費用に関してはほら、彼女、いい家の生まれだから。寧ろ問題なのは費用じゃないのよね」
「え?」
思案する顔で常盤さんは訥々と溢す。あたしは目と耳を向け、真剣なその表情から紡がれる言葉を待つ。
「――彼女の家、四月朔日家って、幻術っていう術系統に特化した魔術士の家なんだけど……幻術士って大体が
「耐性?」
「そ。幻術って大して
常盤さんが危惧しているのは、咲の身体が常盤さんの行使する術式に耐えうるかどうか、というものだった。
不安視する通り、術前の耐性検査の数値は一般人よりも遥かに低く、予想通り
ただ、数値としては一般平均の閾値の範囲内であり異常ではない。幻術士という魔術家の生まれにしてはやや普通寄り、といったところらしい。
「一応ね、
後で叔父さんに聞いた話だと、
「それでも――彼女自身がそれを強く望んでいる以上、私たちとしてはやらざるを得ないってとこ」
「……綺麗さっぱり、元に戻るためですか?」
常盤さんは項垂れるように首肯する。
彼女の思いは何処から来ているのだろうか――あたしは思案するけど答えなんて出てこない。当然だ、あたしはまだ彼女の心の全てを知らない。
『――でも、本当はまだ迷ってる。わたしの顔や身体が元に戻ったらさ、また同じことになるのかな、って』
あの日聞いた彼女の戸惑い。それは、本心からだったように思える。
でも彼女は、それでも元通りになることを決めた。それを望んだんだ。
どうして?
元に戻ったら――また、薬品をかけられてしまうかもしれないのに。いや、もっと酷いことを、されるかもしれないのに。
「……もしかして」
「何?」
「あ、いえ……独り言です」
『右目は生きてたからさ。だから、焼き付けておこうと思って。もしわたしが死んじゃってたら、ちゃんと枕元まで行って、呪い殺せるようにさ』
もしかして――彼女が綺麗さっぱり全てが元通りになった姿を望むのは。
加害者に、“復讐”するためなんじゃ無いだろうか。
お前がやったことなんて何一つ無駄だった、無意味だった。
そんな言葉を突き付けて、思い知らせて、それで――――
「先生……」
「今度は何?」
そう思ってしまったら、自然と声が出てしまっていた。
「あたしに出来ることって、何ですか?」
常盤さんは目を細めてあたしを見詰めた。あたしは脳裏に浮かんだ闇色の未来の可能性を見抜かれたくなくて、その目を見ることが出来ない。
「……私は
「あたし、あの子の友達なんです」
溜息が聞こえた。とても厳しく険しい表情が視界の端に映っている。
「……あなたその前に、アイドルでしょ。なら応援してあげなさいよ」
「応援――応援って、何ですか」
「私は医者よ、そして魔術士。私に訊かないで。応援は、あなたたちアイドルの領分じゃないのかしら?」
復讐は、応援してもいいのだろうか。
「そもそも」
「……はい」
「そもそも、――誰かを応援しようっていう人が何もしてないんじゃ、その応援は響かないでしょうけど」
その通りだ。
アイドルに戻りたいって言っても、あたしはまだそのために何もしていない。ただ入院という環境に身体を預けて、静養という名の何もない時間を過ごしている。
今、友達が頑張ろうとしている。
なら、あたしも頑張らなきゃ駄目だ。
夢を現実に引き戻すために、あの場所に戻るために、あたしもまた進まなきゃ駄目だ。
「先生、ありがとうございます」
「はいはい、どういたしまして」
「それで……相談なんですけど」
◆
バタムッ――あたしが後部座席に乗り込んだことを確認して、その男性医療スタッフはドアを閉めた。
「私は付き添えないけど、何かあったら直ぐに連絡して。一応、コバルト君に付いてってもらうから大丈夫だとは思うけど」
窓越しに常盤さんに頷いて返す。コバルト君、と呼ばれたスタッフが運転席に乗り込んだ。
「検査技師の
「は、はい、よろしくお願いします……」
この駐車場で会った時から思ってたけど、何このイケメン。ホストの世界に行ってもすぐ台頭しそうなほどなんですけど……
運転席から振り向いて見せられた笑顔にあたしはどっきりしてしまって、きっと目は泳いでしまっているだろう。隣に座る叔父さんはそんなあたしの様子を鼻で笑う。
「シートベルト着けてもらっていいですか?」
「あ、は、はいっ」
「芽衣ちゃん、緊張しすぎじゃない?」
慌てて引っ張ったせいでシートベルトがロックされてしまいまた慌てたあたしに、またも叔父さんは吹き出した。
外出の許可を貰って向かう先は――南青山。
本当は退院してから連絡して会いに行くつもりだったけれど、咲が手術を頑張り、それを応援するあたしだ。あたしだけ何もせずにはいられず、こうしてあたしの身元引受人である叔父さんと、そして万が一の時のための医療スタッフの付き添いを連れて、あたしはオフィスを目指す。
「あの、叔父さん……ごめんなさい、今日は」
「大丈夫だよ。でも良かったよ、僕と先方の都合が一緒で。これが明日だったらこんな風に一緒に長旅は出来なかったし」
「長旅って……」
「和光市から南青山でしょ?都県境踏んでるんだから長旅だよ」
いつになく叔父さんはにこにことしている。その理由は解らないけれど、機嫌がいいのはいいことだ。――叔父さんがあたしの前で機嫌が悪かったことは無いけれど。
「――芽衣さん、胸が痛いとか気分が悪いとかありますか?」
運転席から声。バックミラー越しに目が合ってやっぱりあたしは逸らしてしまう。
タイプじゃなくても、こんなに格好いい人と目が合うと吃驚するもんだ。
「いえ、大丈夫です」
「そう。体調に異変を感じたら、すぐに言ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
それは寧ろ、これからの話だと思う——アイドルに、
そもそも、それは自分で一度放り投げてしまったものだ。考えれば考えるほど、どうにも烏滸がましくて愚かな話だと思う。
それでも。
今もなお、
シングルCDが発売されて制服衣装が代わるごとに新しくなっていくメンバーたちの写真とは裏腹に、あたしだけ二期生のデビュー当時に撮影してもらった写真のままだ。
どことなく初々しい、緊張感漂う不器用な笑顔のままだ。
あたしだけ、時が停まっている。
どうして、切り捨てないでいてくれたのだろうか――でも、もしかしたら。
あたしの意思が無いままに、勝手に卒業なんてさせなかっただけかもしれない。
「……芽衣ちゃん、大丈夫?」
「っ、……うん、大丈夫です」
思わず噛んだ下唇がほんのりと痛い。叔父さんは柔らかい表情であたしの頭にぽんと手を置いてくれた。
「君はね、今日立ち上がったんだよ」
「え?」
「二つの脚で立ち上がって、そして今まさに立ち向かっている」
「……はい」
「すごい勇気だ。だから――」
「だから?」
「――全部、ぶちまけてくるといい。余すことなく、君のすべてを」
「……はいっ」
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