Track.6-24「ねぇ――――リセ、だよね?」

「遅くなって申し訳ございません」


 外部から特定した座標を入力し、転移門ポータルを通じて離脱した一同――RUBYルビ一期生メンバー、運営スタッフ、収録スタッフ、そして警護員18人を前に、奏汰は頭を深く下げた。


「でも、間に合ってよかった」


 魔術学会スコラがほぼ総動員で対応に追われていた、“惨劇の魔女”クルーエルウィッチ孔澤アナザワ流憧ルドウの異界。

 世界全土で合計108のそれが同時に開いたその事件はまだ続いている。未だに閉じず、または閉じても再度開き、世界を、命を少しずつ、けれど確かにんでいる。


 孔澤流憧の異界は大変に厄介で、そして凶悪だ。

 過去、何人もの魔術士が攻略せんとその座標を突き止め踏み込み、飲み込まれた。

 今回もまた、幾人もの魔術士が命を落とし、慟哭が腐臭漂う肉色の世界に、または憤怒が寂寥感せきりょうかん溢れる無人の世界に、或いは懺悔が日常と変わらぬ非日常の世界に響鳴し、または蔓延し、或いは残滓となった。


 しかし奏汰たちはすでに知っている。

 この異界の同時侵攻は、孔澤流憧の仕業ではなく。

 裏で糸を引いているのは1人の白い少女であると。


 かつて奪われた記憶。

 取り戻したそこに見たものは、ひと振りの“杖”だ。

 おざなりに隠されたソレを暴いたために、奏汰たちはあの白い少女に記憶を奪われる羽目になった。


 そして。

 PSY-CROPSサイ・クロプスも結局は同じ人物が黒幕であった。

 奏汰が指揮を取り、その途中で異界内との接続を奪われ剰え操られた部下に刃を向けるという失態を演じさせられた。

 あの日強く噛んだ奥歯のざらついた感触を、奏汰は決して忘れまいと誓ったのだ。

 払拭――そう、必要なのは払い、拭い去ることだと。


 そして世界各地で孔澤流憧のものと思われる異界が一斉に開いた。

 奏汰は、あの白い少女を脳裏に映した。


 ――――この事件の裏に、あの少女がいる。


 異界攻略に追われる中で、RUBYルビというアイドルグループの魔術警護の依頼が舞い込んできた。

 奏汰は妙な引っ掛かりを覚えながら話を取り敢えず聞く。

 そうして一連の話を聞く最中で、部下のコダマ葛乃カツノの言葉を思い出した。


『まさかアイドルと一緒に異世界調査やってるって思わへんかった』


 そうだ、RUBYルビとは――あの森瀬芽衣がかつて所属していたアイドルグループだ。

 そして森瀬芽衣は、あの白い少女と関わりがある。

 僕はその繋がりがどのようなものかはよくは知らない――けれど、確実に森瀬芽衣を追っていけば、あの少女といつかまみえる瞬間が来る。

 そんな神託めいた確信に衝き動かされた奏汰は、現在学会スコラは緊急の案件で手がいっぱいであることを伝えた上で断ったが、しかしクローマーク社という民間魔術企業を強く推した。

 奏汰自身、クローマーク社とは浅い繋がりだ。今年の9月、その一介の民間魔術企業から報告された、夜の池袋での異術騒動が無ければ関わってはいなかっただろう。

 しかしその丁寧で精密な報告書に興味を覚え、首を突っ込んでみれば飯田橋の異界事件。

 そこでの衝撃的な出会い。

 その後、正式に森瀬芽衣という異術士の監視担当となり、それがまさかの飯田橋異界事件でともに異界を攻略した方術士・四方月航が所属するクローマーク社に入社することになり、異質な縁でその入社試験を監督することになり。


 そして――

 煮え湯を飲まされた、PSY-CROPSサイ・クロプスの案件。


 奏汰はたったそれだけでしかない付き合いにも関わらず、クローマーク社を心の奥底から推薦した。その時奏汰と話をしたリーフ・アンド・ウッド合同会社の渉外担当煤島は、その奏汰の言葉とそれに秘められた熱を受けてクローマーク社に決めた。


 無論、奏汰がクローマーク社を推したのは、クローマーク社に対する奏汰の評価によるものだけではない。

 あの白い少女との再戦。

 雪辱の払拭。

 それを願うからこそ、奏汰はクローマーク社を、森瀬芽衣を渦中に引きずり込んだのだ。


 森瀬芽衣がかつて所属したアイドルグループの危機。

 その裏にあの白い少女がいるならば。いや、いるはずだ。

 だからこそ、森瀬芽衣には餌になってもらわなければ困る。

 森瀬芽衣が動くなら、あの白い少女は必ず現れる。


 焦燥の中、異界を攻略し調査を重ねた。

 そして自らたちに課せられた分を終え――引き止める上長“影落とす者”シャドウテイカールカ・エリコヴィチを説き伏せ、部下を引き連れて駆けつけた。


「申し遅れました――今回このRUBYルビ魔術警護依頼において、民間魔術企業株式会社クローマークに対する助言・監視役を務めます、魔術学会スコラ所属、ルカ・エリコヴィチ門下主席、間瀬奏汰と申します」

「同じく、谺葛乃です」

「同じく、碧枝初です」

「同じく、霧崎鈴芽です」

「同じく、百戸間リリィです」

「――よろしく、お願いいたします」


 こうして魔術学会スコラによる助言・監視役が1人から5人に増員された。

 私怨こそ混じってはいるが、クローマーク社としては渡りに舟、それを拒む理由は何一つありはしなかった。


 その報せニュースは魔術警護を務める全員に行き渡り、警護員たちを俄かに賑わせた。

 しかし芽衣は1人、全く別のことで頭を満たしていた。


『ねぇ――――リセ、だよね?』


 従事中、芽衣は特注のガスマスクを着用していた。

 半面ではなく顔全体を覆うタイプであり、大きな目のガラス部分もスモーク仕様となっている。

 また備わった変声機能で声もがらりと変えた。

 背格好は確かに変えられないが、鉄底の軍靴ブーツは身長の高さを少しは誤魔化しただろう。


 それだと言うのに。

 二期生メンバーで唯一、スケアクロウを演じきっていた芽衣を芽衣だと見抜いた者がいる。


 星藤花――彼女について思案し眠れずにいる芽衣のスマートフォンは、メッセージアプリの受信を告げる電子音を狭いワンルームに響かせた。

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