Track.6-21「“おいでませ、阿吽”――」
「“
直剣型甲種兵装・
片手でも振り回せる小型な
“咲け”という
「――“咲き誇れ”!」
その刀身が描く軌跡は
ガギィッ!――
「く――っ」
「煩わしいっ!」
実果乃は鬼のような形相で黒く変色した左手を地面に向けて振るう。開いた五指は石畳を抉ると、それを地面から剥がしては
飛来する
『
そこにドンピシャのタイミングで
しかし地面を穿った直後に再度突進していた実果乃は再三の突き刺しを繰り出す。
低く屈んだ体勢から伸び上がるような刺突。礫に目を奪われていた
「先輩っ!」
ギガッ――
前に強く踏ん張った
しかしやはり、黒く変色した腕に刃は通らず――
「――“狂い咲け”」
黒い腕に接触した刀身から、本来その腕を斬り落とす筈の斬撃はその黒い表皮を伝って肘から肩、首へと渡ると、右の首筋から跳ね上がり、右顎から
「がっ――ぁ!」
顔は黒く変色していない。
黒く変色した部位は強靭な力を持ち、また堅牢な硬さを誇るが、変色していない部位はそうではないらしい――自らの直感が功を奏したことを確認した
「――くそがぁっ!!」
顔面の右側に大きく傷のついた実果乃はそれを右手で覆い隠しながら、激昂して大きく吠え上げる。
しかし図書館の壁を伝ってその頭上へと忍び寄っていた心が、落下しながらその頭頂から
「くそはあなたですよ?」
「げ、ぁ――っ、――――」
脳天から突き刺さった槍の鋭く細い穂先は頭蓋を割って顎と喉との境を裂いて出で、その勢いで実果乃を前のめりに地面に縫い付けた。
突き抜ける衝撃で実果乃は一度身体を大きく震わせ、そこから小さくガクガクと痙攣し出した。
実果乃の細い身体が上下する度に割れた喉からボタボタと黒ずみ濁った血が溢れ、石畳にまるで重油を溢したような染みを作る。
「――――生命活動、停止を確認」
「……いッてェ~」
痛みを噛み締めながらゆっくりと立ち上がる九郎。
それを視た心は、はっと何かに気付いたように再度実果乃を見下ろす。
自ら突き刺した
「――――あはっ」
力任せに身体を後ろへと引いたために、脳天から頭蓋を突き破って喉元までを貫通した槍の柄が、その愛らしい顔面を縦に割る。
しかし、黒く変色した両手が二つに避け開いた顔の両頬を押さえると、そんな傷など無かったかのように断面は接合し、再び愛らしく憎たらしい薄ら笑いが生まれる。
「そんなっ!?」
ぎょろりと振り向いた、濁りきった双眸。
それを捉えると同時に、心の華奢な身体は同じように華奢な身体が振るう左腕の一撃によって3メートルほど車両側へと弾き飛ばされる。
「危ねェッ!」
それを、咄嗟に前進した九郎が痛い身体を推して柔らかくキャッチした。しかし勢いに負け、尻餅をついて背中からまた地面に倒れる。
「ぐ――、ゥ」
「乾さん、すみません……」
迂闊だった――心はそう胸の内で自分を
しかし、敵がまさか
ただし、それが
心は、“右目”を手に入れたことにより常軌を逸した種類の瞳術を、しかも併用することが出来るようになったが、今回の
慢心――そんなつもりは無かった筈だったが、結局、心は持て余すほどの力を手に入れたために、基本を疎かにしてしまったのだ。そして瞳術の基本とは、先ず何よりも
しかしもっと言えば。
その場にいる警護員誰しもにもそれは言えたことだ。
瞳術に優れる心の専売特許などでは決して無い。
誰かが
芽衣が生まれ持った嗅覚や直感力に
ベテランの筈の朱華乃や九郎が、警戒や敵制圧を優先せずに
唯好や七薙だけでなく、殆どの警護員が芯の通った緊張感を維持できていれば。
結果論だが、この状況は生まれなかった。
事態はもっと、すんなりと解決していた筈なのだ。
そしてだからこそ。
“それでは死なない。何故ならすでに死んでいるのだから。”
問題は、
何せ相手の身体は殆どが黒く変色し、その部位に関して言えば無類の堅固さと強靭さを誇っている。
刃が立たない、とはよく言ったものだ――と
そして肝心の変色していない頭部でさえ、その脳をぐちゃ混ぜる程度には心の槍の一撃は強烈だったはずだ。あれをものともしないのなら、実果乃という
なら身体か――しかしどうやって、探し当てたところでどうやってそれを貫けばいい?
「あはっ、あはははあはははは!」
その最中にも、自らが
先程よりも段違いに
(こうなったら――っ!)
状況を見かねた心は、右目にすでに装填されている禁忌の瞳術――
が。
「やめなさい」
濃い藍色のジーンズに。
ネイビーのダウンジャケット。
横分けにして額を出した、爽やかさを纏う好青年が、険しい顔をして心の斜め前に立っていた。
「――いつの、間に?」
「禁忌の術を、行使しなければならない場面でもあるまいし――そういうのは、切らなければならない場面で切るものですよ。それに――今ここであなたが切ったら、僕はあなたを連行しなきゃいけなくなる。あなたがいなくなったら、今回の依頼は相当難しくなるでしょうからね」
「――え、あ、はい……」
諭され呆然とする心ににこりと微笑みかけた初は、直ぐに表情に真剣さを灯して前を見据えると、両手の五指それぞれを揃えて胸の前で合掌した。
「“おいでませ、
彼の周囲の大気が、ひどく清廉な雰囲気を抱き。
空間を割り裂くことなく、とても静かに、その双剣は現れた。
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