Track.6-15「……お嬢、お詫びします」

「本番の日は12月27日の日曜日――わたしの愛しい愛しい芽衣ちゃんの敬愛するRUBYルビクリスマスライブの2日目、そこのカーテンコールでサプライズイベントとして執り行いまーす」

「本番日の配置は?」

「カゲくん、焦らないのー。配置については概ね前周通り――と言っても、細かいとこについてはいとちゃんが今ここにいないので決めきれませんがー、阿座月くんは外周かなぁ?」

「……魔術殺しメイジマッシャーの相手、ですか?」


 真言の顔から笑みが消え、溜め息が漏れる。その様子を“カゲくん”は眉間に皺を寄せて眺めた。

 大まかなことは聞いているが前周のことなど知らないリニもまた、意味合いは違うが眉根を寄せている。実果乃は表情こそ変えずカリカリとノートにペンを走らせているが、しかしその内側の感情は表情からは読み取れない。


安芸茜あっきゅんは全ての計画に於いて一番邪魔な存在です。んでもって、向こう側からすれば阿座月くんの相手は安芸茜あっきゅんにしか務まらない――何せ、阿座月くんの言霊コトダマを回避できるのは安芸茜あっきゅんだけだからね。だから安芸茜あっきゅんは是が非でも自分が阿座月くんを担当する立ち位置に就く筈――」

「夷ちぃ」

「何だいカゲくん」


 その険しい顔とは裏腹の呼び名で横槍を入れた“カゲくん”は、眉間の皺をより一層深めてぎょろりと睨むような視線を夷に向ける。


「その魔術殺しメイジマッシャーってのは、そこまでヤバいんか?」


 その問い掛けに、わざとらしく伸ばした人差し指を幼い顎に当てて思案する様子を見せた夷は、しかし意地が悪そうにひとつ微笑むと、真言を見遣った。


「それは、実際に戦ってる阿座月くんに答えてもらうのが一番かなぁ?」


 名指された真言は実に嫌そうな表情をしたが、すぐにまた狐のように目を細めると、腕は組んだままでゆっくりと口を開く。


「簡潔に言うと、お嬢の劣化版のようなものです」

「劣化版?」

「ええ――因みにカゲ君、お嬢がどんな魔術士かは?」

「ぶっちゃけると、そこまで詳しくは知らね」


 細めた目が夷に向けられる。目を見開いて「どうしたの?」と、或いは「何か問題あった?」とでも言わんばかりの表情だ。


「簡単に説明すると、お嬢は森羅万象あらゆる物事に対してそれを生み出すことと、消し去ることの両方を自在に行えます」

「何だよそれ卑怯チートじゃんか」

「そうですね、そう言ってもいいでしょう――言ってしまえば魔術師ワークスホルダーなんて存在はそうでない者からすれば卑怯チートそのものですから」

「ふぅん――まぁいいや。で、夷ちぃは何の魔術師ワークスホルダーなんだっけ?」

“無幻の魔術師”ゼフィラムワークス――幻覚を、現実にまで昇華させた魔術師です。お嬢はどちらかと言えば“消し去る1を0にする”方に傾倒してはいますが、“生み出す0を1にする”方も特に問題なく出来ます。“魔術殺し”メイジマッシャー安芸茜は、そちらは出来ず、“消し去る1を0にする”限定のお嬢だと思っていただければいいかと」

「それも大概卑怯チートじゃねぇの?」

「そうでも無いですよ――彼女は別に、何でも消してしまえるわけでは無いですから」

「どゆこと?」

「安芸茜の異術が“0にする”ものは限られています。まず1つ目が霊銀ミスリルの働き――魔術などの、霊銀ミスリルによる干渉を一切無効化します」

「うん、だからそれって卑怯チートじゃんかよ」

「そうでも無いって言ってるじゃないですか、最後まで聞いてくださいよ」

「うへぇ」

「……2つ目が霊銀ミスリルの動き――これは座標の移動、という意味合いです。固定化、と言い換えてもいい。この霊銀ミスリルの固定化によって、今度は物理的な干渉を防ぐ堅牢な盾を創ることも出来る」

「それ――ああ、いや。何でも無い、続けて続けて」


 再度「卑怯チートだ」と言おうとした“カゲくん”は、狐のような目で鋭く睨まれて口を噤んだ。

 嘆息した真言は、安芸茜についての解説を再開する。


「異術の効果はその2つ――次に、お待ちかねの弱点について。“魔術殺し”メイジマッシャーの異術は射程距離、と言うか彼女自身の魔力の支配領域が極端に狭く、彼女を中心とした半径1メートル程度にしか効果を及ぼしません」

「うっわ狭っ」

「前者――働きをゼロにする方は受動的に自動発動しますが、後者――座標の移動をゼロにする方は意識的に発動と解除とをしないとならず、そしてこの2つは併用出来ない――一度にはどちらか片方しか発動させることが出来ない」

「何じゃそら」

「ね?卑怯チートそうに見えてそうでも無いでしょう?」


 “カゲくん”は唸るような表情で腕を組み、思案しながら天井を仰ぎ見たが、直ぐに顔を引き戻して真言に向き直った。


「――ただし、僕と並び立つ素質がある」

「おいおい、後出しは無しだぜ」

「とまぁ、そんな滅茶苦茶な奴だってことです」

「うへぇ」


 遣り取りの隣では、表情一つ変えずに実果乃が文字を連ねている。横目でちらりと真言が覗いたが、ノートのページにはこれまでの遣り取りなど微塵も記録されておらず、ただ殴り書いたかのような乱雑な筆跡でRUBYルビのメンバー1人1人の名前が刻まれていた――そしてそこには、森瀬芽衣辞めた者の名前さえも。

 それを目の当たりにした真言は、表情にこそ出さなかったが戦慄した。


「……お嬢、お詫びします」

「ん?どったの?」

「いえ、後で死なない程度に自刃しますので、“罪業消滅”サンスカールラを頂ければ」

「はーぁ?」


 ただただ実果乃は書き殴る。17人の名前を書き終えると、また最初から、何度も繰り返して。

 しかしその表情は変わらない。慈しむようで、愛しさを向けているようで、その実その内面は全く読み取れない、墨よりも不透明な闇。


 狂気――――その様子に気付き、そこで夷は思い出した。


「ああ――そういやそのコ、欠けバグってるって土師ちゃん言ってたや」



   ◆



「でも、でも~~~~!!」

「玲冴、負けは負けだ。あれ以上続けていたところで、勝ち目は無かっただろ?」

「あったよぉ!だって、だって――」


 クローマーク社4階、技術開発部に設けられた小会議室ミーティングルームでは海崎兄妹と灘姉弟、そしてオペレーターを務めた早緒莉の5人が訓練の反省会を開いていた。

 灘姉弟はその結果に愕然としながらも、どうにか噛み砕いて飲み込んだではあるものの、玲冴は勝手に強制離脱させられたことに納得が行かず、その決定を下し命令構文コマンドを実行した兄の冴玖に泣きながら噛みついているのだ。


「あとひとつ、あとひとつ切り札残ってたもん!」

「それを切れる冷静さがあったか?」

「ううう……それは、……」


 鼻水を啜る玲冴の頭に、ぽんと優しく置かれる兄の手。


「――でも、右京も僕もいない中で、なのにちゃんとリーダーシップを発揮できていた」

「……本当?」

「本当だよ。茉莉も直雄も、本領は発揮できなかったかもしれないけれど、よくやったと思う。早緒莉も――指揮なんて慣れないだろうに、よくやってくれていた」


 冴玖の言葉に、早緒莉は困ったように目を伏せた。

 灘姉弟も、納得していた筈なのに、ここに来て悔しさが再び鎌首をもたげ出す。


「今回は僕たちの負けだ――本来戦闘訓練なんだから勝ち負けなんて無いようなものだけど……僕たちは負けた。だから次は勝とう。この5人で、このチームで。次にやる時には絶対に負けないよう、たくさん訓練して、たくさん話し合おう。――玲冴、早緒莉、茉莉、直雄、みんな、よろしく頼む」


 4人は異口同音に「はいっ」と決意を奏でる。

 実際には、再編が適用されるのは11月16日――来週なのだから、この時点ではこの5人はチームでは無い。

 海崎兄妹はFOWLであり、灘姉弟はWOLF-4thであり、早緒莉は担当のチームを持たないいちオペレーターだ。

 しかし5人は結束した。週明けを待つつもりなど無い――再編の適用と同時に、魔術警護が始まるのだ。


 大会議室のみならず、社内全体に配信された先の戦闘訓練の様子は、彼らだけではなく社内にいた全ての調査団員・機関員・オペレーターに、――新生FLOW-2ndが結んだような――結束を、急がせる結果となった。

 誰しもが、強く結び合わなければならないと感じたのだ。そして、だからこそ次々に開発室の転移門ポータルの前にぞろぞろと、再編後のチーム毎に集まって戦闘訓練を申し出た。


 その最中で。


 6階の役員室、直立不動を貫く森造の隣で1人正座を命じられた航は、OSオペレーションスフィア稼働にあたり秘密裏に各種回線を傍受・奪取ハッキングできるよう手を加えていたことを、この上無いほどこっぴどく叱られていた。


 無論、全く懲りてはいないのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る