Track.6-16「玉屋に聞こう」
11月16日、月曜日、午前7時12分。
魔術警護の依頼開始まであと、48分だ。
すでに各々の警護員は、それぞれが担当するメンバーおよびマネージャーと合流し、挨拶を交わした後で現着の報告を入れていた。
クローマーク社では1基の
「――――はい、了解しました」
「これで全員現着か」
「はい、16名全員現着です」
冴玖は手元の名簿――11月16日という日付と“日勤”という文字が右上に印字されている――に赤いペンでチェックを入れると、指を差して上から警護員の名前にチェック漏れが無いかをなぞって確かめた。
16人全員の名前の頭に、赤いチェックが入っている。
「よし。じゃあ俺は現地回ってくるから、何かあったら連絡くれ」
「解りました」
「眞境名、開発部の様子を確認しておいてくれ。
「あ、はい。了解です」
「ケイ、冴玖について諸々確認しておけよ。明日はお前なんだからな」
「あいさー」
「うし。じゃあ、よろしくな」
航は告げると鞄を持って部屋を出る。恒親もそれを見送った後で開発部へと立ち去った。
冴玖は航が去った後から、何やらオペレーターとインカム越しに打合せを始め、航に諸々確認しておくよう言いつけられたものの、景は手持無沙汰になり、自らも資料を読み漁ることにした。
メンバーの半数以上は学生だ。つまり今は登校時間であり、通学するメンバーについている警護員は日常生活に邪魔にならず・何かあった際に即座に対応できるような距離にいる。
その格好はスーツが基本だが、比較的若い者で構成されている日勤帯の警護員は、学校に許可を取った上で制服を借りて着用している。そうすることで不自然さが緩和されるのだ。
そして首や手首に装着した術具を介して、オペレーターは面々の現在位置が把握できるようになっており、また緊急時には兵装が転送されるようにもなっている。
そうやって制服を着用する警護員は、当然のように教室の端に追加された席に座って授業中も警護に従事する。
教室移動があれば一緒に移動し、体育などでは見学者としてグラウンドや体育館の隅から監視を続けるのだ。
「……おっと、3分前だ」
「ん?ああ、3分前だな」
時刻は7時57分となっていた。
「景君、今日はしばらくこっち?」
「あー、まぁ、そんなとこっすね」
おざなりに返事をしながら、景は再び資料に目を落とす。開かれた
「羽緒、全員に一斉連絡」
『はーい――大丈夫ですよぉ』
「本部より一斉連絡。定時になりましたので、これより
こうして、クローマーク社設立以来の大仕事が始まった。
◆
「しっかし、こう何も無いと
依頼開始から一週間が経過したが、実に平和な日々が続いている。
11月23日月曜日――勤労感謝の日で世間はお休みでも、当然ながらクローマーク社に休みなど無い。
勿論本社役員は出社していないし、中央支部や開発部も一部の人間は休みを取っている。
だが魔術警護に従事している面々は当然勤務しているし、夜勤に備え社内の仮眠室で横になっている者もいれば、不眠で作業に没頭する者もいる。
夜勤から日勤への引継ぎを終えた航が最後に吐き捨てたその言葉に、引継ぎを受けた景は嘆息した。
景はWOLFのチームリーダー大神太雅の
「何も無いってのはいいことじゃんね。鈍るってんなら筋トレでもすれば?」
「いや業務中は流石に集中するだろ」
他愛の無い言葉を交わす2人の耳に、インカムを通じて女性の声が聞こえてくる。
『お疲れ様です、
本日のオペレーター日勤を務めるのは峠縁姉妹の姉の方、
ちなみに、海崎兄妹は二卵性であり、灘姉弟は半一卵性である。
「こっちも引継ぎ終わりまんた。ベリ
『はい、景さん二度目ましてです』
「んじゃ俺は上がるぞ」
「はいはい。お疲れさんしたー」
『お疲れ様でーす!』
退室し、インカムは活かしたままで航は開発部へと向かう。
二階層分の階段を下り、
「お疲れ」
「ヨモさん、お疲れ様です」
「どうよ、調子は」
問われ、苦い顔をする部下たち。
FLOW新装備のうち、新しい術式を採用したものの一部の出来がイマイチなのだ。特に着用して防具となる乙種兵装は、殆どが試運転時に何らかの
機械にセットされているのは、その
問題はもう一つの
この問題は
FLOWのために開発された新型の乙種兵装は
「コンピュータ上の
「となると、焼き付けた術式がそもそも間違ってるっぽいな――」
航は顎に手を当て思案しながら、空いたもう片方の手で兵装の仕様書に記された術式を眺めた。
理論上は間違っていないように見えても、実際にその術式に従い
単語単語は合っていても、その組み合わせの仕方によって意味が変わってしまうことは様々な言語で起こり得る。魔術の術式とは、そのようなものだ。
「我々ではもう手の施しようが……」
「んー、……しゃーねーな」
仕様書を机に戻して頭をボリボリと掻いた航は、溜め息とともにその名を呟いた。
クローマーク社に於ける天才
「玉屋に聞こう」
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