Ⅳ;現 実 と 幻 日
Track.4-1「駄目です、再接続できません!」
黒い。
深く遥か底に落ちていったあたしの意識を支えるのは、どこまでも黒い泥濘だ。
その中心に、仄かに白く発光する黒い
匣はまるでルービックキューブのような大きさで、でもルービックキューブとは違った形をしたピースの縁から白い輝きを放っている。
あたしはそれを手に取る。
ピースを指で押し込んでみると、浮き上がって回転し、また匣に収まった。でもおかげで、匣は小さな凸凹を生んでしまい立方体の輪郭を失った。
特に何かを考えるでも無く、次々と黒い匣のピースをひとつずつ指で押していく。
押す度に匣の形は元の立方体から離れ、実に刺々しい形へと変貌していく。
押す。浮かび上がる。回転する。収まる。形が変わる。
もうどれくらいそれを繰り返しただろうか。
何千回、ピースに指を押し付けた?――万かも、億かも知れない。
でもやがてそれは――新しい形に、“球体”に整った。
立方体から球体へと変化した匣は、その輝きを増して、そして全てのピースが爆ぜたようにバラバラになって宙に浮かび、匣の中身が溢れ出した。
どうして、涙が止まらないのだろう。
黒い匣に詰まっていたのは。
ずっと忘れていた――忘れたくなかった――あたしたちの記憶だった。
◆
げ ん と げ ん
Ⅳ ;
◆
時を遡ること4日前――ちょうど、
「通信は!?」
「再起動、――駄目です、再接続できません!」
間瀬奏汰は狼狽える部下の横でどういうことだと頭を捻っていた。
異世界に対する座標の強制接続が果たされたのなら、普通は魔術通信も繋がる筈なのである。つまり、異世界との接続をジャックされたのと通信を妨害されたのは、全く別の理由によるものだと結論付けた頃には、調査団本部に“敵”の侵入を許してしまっていた。
「な――っ!」
ぶん、と大振りの打ち下ろしを後方に跳躍することで躱した奏汰は驚愕する。
「間瀬さん、身体、がっ――!」
つい先程まで通信障害の原因究明と復帰に躍起になっていた筈の部下が、突然襲い掛かってきたのだ。
しかしその口調と表情が攻撃と一致しないことを察知した奏汰は、即座に
ほのかにキラキラと発光する
(弦術――っ!?)
糸の尾を目の端で追う。次いで繰り出された廻し蹴りを屈んで避け、そのまま上体を起こしながら前進して部下を押し倒した頃には、糸が講堂の外から伸びていることを暴く。
しかし束の間。
「間瀬さん、避けてください!」
左後方から声。咄嗟に前に跳躍し、手の接地と同時に身体を捻って振り返って仰ぎ見ると、別の部下がちょうど
迸る電流は部下が突き出した掌から溢れ、眩しい光を放っては霧消する。
(どうなってる――何が起きてる!?)
混乱と困惑で眩暈がしそうな中、増えに増えた7人の
講堂の外から伸びる無数の糸が繋がった傀儡と化した部下の苦悶の表情と声に、最も得意とする範囲殲滅の光術を選べないでいる。
「――
結局、奏汰が選んだのは
平均に比べて小さい身体は、膂力や速力に於いてもやはり平均に劣っていた。生まれつき肉の付きづらかった奏汰は、肉体改造を諦めて代わりに遠隔からの攻撃手段を極めることを目指したのである。
しかしやはり、斬術の一つや二つくらいは齧っておくべきだったと後悔してももう遅く、迫り来る傀儡となった部下を相手に、肉弾攻撃や近接魔術・射出された遠隔魔術を
「あ――っ!」
「がぁっ!!」
そして一本でも糸を残そうなら傀儡は痛みに涙流そうと容赦なく拳を振り上げ、また魔術を撃ち込んでくる。
「悪いっ!」
何度そう叫んだか分からない。奏汰は兎に角、光の如き速度で縦横無尽に跳び回りながら、ただただ7人を薙ぎ払う。その度に、
苦悶に歪む表情。奏汰も部下も、皆一様に同じ表情だ。
糸は切れても、再び講堂の外から伸びて来る新しい糸が再び傀儡を立ち上がらせた。
焦燥。
講堂から出ようにも、気が付けば出入口は張り巡らされた糸で包囲されている。
実に見えづらい糸だ。しかも鋼線のような鋭利さを持っている。気付かず外に飛び出したなら、身体をズタズタにされただろう。
深まる焦燥。
通信は回復していない。指示が出せない。それどころか、謎の敵によって部下を使った攻撃を受けている。
困惑と混乱が焦燥に結びつく。思考が雁字搦めになって出口を見出せない。
どうする。
どうする。
どうする――
――その様子を、遠く真界は
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