Track.4-2「こっぴどくやられたようですなぁ!」

 弦術――字義通りそれは、いとを操る魔術である。

 霊銀ミスリルを線状に束ねて繰るその魔術は、しかし汎用性と応用に富み、その基礎部分は古くより魔術士に必須な教育過程として扱われた。現在の日本でも義務教育課程において中等教育にそれは取り入れられている。


 弦術で操る弦は、“接続”と“伝達”そして“繊維”の三つの要素を持つ。魔術士の教育に取り入れられているのはこのうち、“接続”だ。

 点と点を結び、片方が持つ情報を片方へと伝達する――それが、現代の魔術士にとって必須とも言える“接続”アクセスの魔術である。

 接続アクセスは実に様々な魔術の場面で使用されている。異界入りにしても、方術士が特定した二つの物理的あるいは霊的に離れた座標を繋げる役割にあるのが一般的だが、実は卓越した弦術士なら疑似的に同じ役割を担うことが可能である。


 また、魔術学会スコラはそれ自体が保有する“グノーシス領域”と呼ばれる概念空間に魔術の知識をアップロードしている。接続アクセスを可能とする魔術士は、学会スコラの許可を得られれば所属していなくともこのグノーシス領域に接続アクセスして修めていない魔術の知識を得ることが出来る。

 事実、近年目覚ましい発展を遂げた“クラウドコンピューティング”という技術は、このグノーシス領域への接続アクセスという形式をそのままコンピュータ社会に持ち込んだものだ。


 そして弦術士にのみ享受される“伝達”トランスという要素は、あくまで点と点とに集約される接続アクセスとは異なり、弦が外部から受ける情報や衝撃などを起終点に伝えたり、また能動的に弦に意思や魔術的効果を載せることでそれを接続アクセスした対象に及ぼす、というものである。

 今しがた奏汰を襲っている部下に施された【死の舞踏】ダンス・マカブルという魔術は、行使者と対象とを弦で結び、行使者の発した信号で対象を強制的に動かせる、というものだ。


 最後の“繊維”ファイバーもまた、魔術士全体に流布されず弦術士にのみ相伝される要素だ。

 これは霊銀ミスリルの弦を重ね・織り上げることによって、様々な“何か”を創り上げる技術のことを言う。点と点を結んだ一次元を、並べ重ねて面とした二次元を、さらに重ね合わせて立体とする三次元の、そしてそれ以上の次元へと昇華させるわざだ。

 “何か”とは物体に限らず、この要素を極めた弦術士は“炎”や“水”、“風”や“感情”などをも創造することが出来たと言われている。


 現在、放課後の人のいない多目的教室に陣取った糸遊愛詩が展開している弦術の数々は、彼女がその三要素全てに於いて一定以上の実力を有していることを物語っていた。


 まず彼女が纏う【鬼不在の隠れん坊】ハイド・バット・シークは、“失認”という概念を“繊維”ファイバーによって織り上げた弦術だ。彼女がそれを解除しない限り、例え誰かが彼女に触れたとしても、その者が彼女の存在に気付くことは無い。――ただし、彼女自身もその場から移動することは出来ないが。

 次に彼女が両手から放出する幾万本の霊銀ミスリルの弦は、亜空間内に存在する魔術学会スコラの講堂の座標に“接続”アクセスし、概念的な距離を突き破って奏汰の部下7人を傀儡と化し、また講堂の出入口を切断性を賦与した弦の格子で覆い隠した。


 巧妙なのはそれ以外にも、実は講堂内に縦横無尽に張り巡らせている弦だ。軽くそして抵抗を感じさせないほど薄く・伸縮性と強度に富むその弦は、攻撃を躱すために跳び回る奏汰の身体に絡んでいくが彼はまだそのことに気付いていない。

 部下たちを操る弦よりも講堂を封鎖する弦を仄かに見えづらくしたのは、“隠蔽”いんぺいの意味すらも内包する包囲網を気付かせないためだ。


 そしてその包囲網が外部から受診する振動が“伝達”トランスによって伝わり、愛詩は講堂内の状況を見るよりも遥かに正確に捉えている。


 無論、敵が真界にいることなど奏汰は知る由もない。

 そして7人の部下全てが意識を失い、しかし物言わぬ傀儡となって襲来を続ける中で、漸く自身の身体に絡む弦の存在に気付いた奏汰が徐々に速度と体力を失っていく混乱に塗れた戦闘劇は一時間をも超えて続けられ、PSY-CROPSサイ・クロプス幹部を打ち倒した調査団の内、“暦衆”8人が一足早く帰還したことで様相を一変させた。


「阿座月さんに言われた通り、ここらが潮時っ――」


 8人が講堂に現れるや否や、部下7人の操作を“手動”マニュアルから“自動”オートに切り替えた愛詩は即座に自らと講堂とを接続する弦全てを断ち切った。


「――させるかよっ!」


 しかし講堂に踏み入るよりも早く、としか言いようの無い迅速さで事態を察知した龍月が抜いた“妖刀・おぼろ”の一閃は包囲網を切り裂いたどころか、弦にその斬撃を伝搬させ、僅かに愛詩の掌に切創を生む。


「ちぃっ――間瀬の旦那、こっぴどくやられたようですなぁ!」


 快活に嗤う龍月の声はもう愛詩には届かない。おそらく逆探知はされていないだろうが、念のためと愛詩は急いでその場を離れ、帰途に就いた。

 掌の傷は、新しく創り出した弦で縫い、被せた“皮膚”を癒着させることで痛み以外を無かったことにする。


(うーん、やっぱりみんな強いんだなぁ――私ももっと、頑張らなきゃ、だ)


 心の中で自己を鼓舞し、そして愛詩は新たな糸を別の異世界へと接続アクセスさせる。

 自らの同胞たる、四月朔日ワタヌキヱミ阿座月アザツキ真言マコトが待つ、その異界へと――。




 そして、奏汰は。

 調査団が持ち帰った戦果を聞き、一応の労いと称賛を口にした。一応の、とは、その言葉が彼の本心から湧き出たものでは無いという意味だ。

 確かに幹部11人を生きて連れ戻すことが出来た。調査団に死者はおらず、またPSY-CROPSサイ・クロプスが保有していた総計12の異界のコアは全て生きている。傍から見れば、これ以上の戦果は無いんじゃないか、と誰もが口にしただろう。


 しかし奏汰は自らを恥じた。その戦果を、自らが指示して勝ち得なかったこと。そして外部委託した民間企業の魔術士に二人の重傷者を出してしまったこと。

 何よりも、当の首謀者は異界内で死亡してしまったこと。調査団の面々が目の前に居なければ、どう報告をしたものかと頭を抱えたいくらいだった。


 それでも奏汰は告げる。


「みなさん――お疲れ様でした。

 おかげで、PSY-CROPSサイ・クロプスのこれ以上の凶行を阻むことが出来ました。

 勿論これで終わりではありません。異界を調査し、残党がいないか、目ぼしい新たな情報は無いかを明らかにしなければなりません。

 ですがそれは僕の今後の仕事です。

 みなさんにはこんなに尽力していただいたのに、僕の不甲斐なさで十全の結果とすることが出来なくてとても残念に思います。

 それでも、みなさんが誰一人欠けることなく帰還してくれて良かった。

 それだけは本当に、心から感謝を伝えたい。ありがとう、ございました――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る