Track.3-25「絶対に切り捨てられない願望以外は切り捨てよーよ」
「どうやら、間に合わなかったようですね」
阿座月くんが暖炉に薪を
わたしはお気に入りの白い三人掛けのソファに寝そべりながら、読んでいた本に栞を挟んでパタムと閉じる。
「ふーん、残念だったね。折角さ、王様と話せる最後のチャンスだったのに」
阿座月くんは火を覗き、こちらに背中を向けたままで言及する。
「……あなたなら、そもそも王様の
「そだねー。出来たかもしれないけどさ――何?拗ねてんの?
振り向いた阿座月くんの顔は、いつもの狐顔だ。切れ長の目でわたしを流し見る双眸を縁取る睫毛の綺麗さは、
仄かな笑みを伝達する口元は、その目付きのせいで彼が笑ってなどいないことを物語る。それでもわたしにはわたしの矜持がある。だから、自分の行いを“悪”だと断じても、それを“間違い”だとは認められない、認めちゃいけない。
「わたしが“
バヂッ、と大きく火花が舞う。一際大きく燃えた暖炉の火が、薄暗いこの異界の一室を一瞬だけ
「絶対に切り捨てられない
阿座月くんは答えない。少しだけ虚空に目を泳がせて、それからまた暖炉の火を眺め始めた。
ちょうどそこに、遠くドアが開いた音がして、板張りの床をトタトタと歩く足音が近付いてくる。
この足音は――いとちゃんだろう。
「
そう言って廊下からひょっこりと顔を出したのは、赤みの強い制服を身に纏う女子高生だ。11月になったばかりの外気は例年より早く冬風を運んできていて、いとちゃんはブレザーの下にクリーム色のニットベストを着ている。
全体的にクリスマス気分を味わえる色合いの、その緑を基調としたチェック柄のスカートから覗く太腿は、ハイソックスの縁が食い込んで無性に親指を立ててあげたくなった。
部活帰りなのだろう、ダイニングテーブルの上に通学鞄とスポーツバッグを置いたいとちゃんは、ブレザーを脱いでコートハンガーに掛けながら、パッと見地味目だけど愛嬌のある
「ミルクティー淹れますけど飲みますか?」
ほんのり肉付きのいい体つきといい、とても出来たコだ。お嫁さん候補はすでにいるから妾で我慢してほしい。
わたしが「飲むよー」と言ったのを聞き届けると、つい今しがた暖炉の火を眺めていた阿座月くんがいとちゃんの背中を追ってダイニングテーブルの向こう側のキッチンへと、その長い足を滑らせるように歩いていく。何でお前も行くんだよ。
キッチンに並んだ二人は、ティーサーバーに
「蒸らしますので、あと十分ほどお待ちください」
言霊が使えない阿座月くんは不便だ。いつもならその時間は不要なのだから。
そんな絶賛不便中の阿座月くんは絶賛蒸らし中のティーサーバーをテーブルへと運んでいる。食器棚からティーカップやソーサー、スプーンなどのセットはいとちゃんが用意してくれている。
「あれ?このノート何ですか?」
「あ、そうそう」
思い出して、わたしはダイニングテーブルの上に置きっぱなしのぼろぼろな5冊のノートに目を遣った。コンビニで買えるようなシンプルなノートだ。たくさん開閉をしたため、綴じている背表紙部分が剥げたりしている。
わたしはソファから跳ね起きてテーブルに歩み寄り、そのノートの“④”と表紙にナンバリングされた1冊を手に取り開く。懐かしい文字が並び、下手なイラストが飾られている。
「次の“
阿座月くんは答えず、わたしが手渡した④のノートをぺらぺらと捲って目を通している。
「芽衣ちゃんたちだけであれだけの物量相手にするの、相当しんどいと思うけど――大丈夫かなぁ」
「――大丈夫ですよ」
「んー?」
そして阿座月くんは、パタンとノートを閉じて告げる。
「駄目な様なら、また繰り返せばいいじゃないですか――」
「あー……まぁ、そうかぁ。でももうバッドエンドは飽きたんだよなぁ――」
そうだ。
途切れない永劫回帰の中で。
繰り返される輪廻転生の果ての果てで。
わたしは彼女と
何度も。
何度でも――。
◆
げ ん と げ ん
Ⅲ ;
next Episode in ――――― Ⅳ ;
◆
「じゃあ、ミルクティーも淹れてくれたし、定例会議を行いまーす。尚、
腕を組んで静かに狐の顔真似をしている阿座月くんの隣で、いとちゃんはにこやかにパチパチと手を叩いた。
わたしはわざとらしく咳払いをして、組んだ手をテーブルの上に載せてそれっぽい雰囲気を演出する。
「今日の議題は、クリスマスに予定されている“
いとちゃんは忙しなくノートにペンを走らせる。それを横目で見ている阿座月くんが書記の筈なんだけどなぁ。書記って、漢字の書き損じとか誤字脱字チェックする役職じゃねーんだけど?
「なのでまた数日間、わたしと阿座月くんとで色々と暗躍しちゃうから、その間は
「あ、はい。後で土師さんに連絡しておきます」
ノートに書いた“土師さんに連絡”という文字列を大きな丸で囲むいとちゃん。ペンを走らせる間、ついつい書き文字が声として漏れて、一音一音ごとに表情が丸く変わる。
そんな彼女を見ていると心がほんわかしてしまい、世界人口の8割くらいがいとちゃんだったらなー、なんてどうしようも無い妄想を拡げてしまうのは内緒だ。
「阿座月くんは
「――
「うん、それは勿論」
「解りました」
「で、わたしは――」
ノートに栞代わりに挟んでいたそのチケットを取り出して。
「――――アイドルの、握手会に行ってきますっ」
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