Track.3-24「理想に至る道筋が無ければ到達は出来ない」
「何で、忘れとったん……?」
声に振り向くと、
「あいつ何やの、在り得へん――」
取り乱す谺さんの背中に手を当てて、
「動けなかった――私はあいつに、恐怖した?」
「霧崎、僕も一緒だ。だから自分を責めるな」
碧枝さんはどうにか落ち着いたようで、あたしたち三人――あたしと安芸と心ちゃん――に視線を投じる。
「森瀬さん、安芸さん、鹿取さん。あの言術士によって分断された後で、どうやら大きな展開があったみたいですね。それについて教えて欲しい。――それと、あの白い少女についても」
「森瀬」
四方月さんも、見ればあたしを真っ直ぐに見詰めている。
「俺からも頼む。何があったか、全て教えてくれ」
そしてあたしたちは、宮殿を出て王様のいる施療院に向かう間で、王様こと
でもあたしは夷のことは語らなかった。あたしと彼女の関係を唯一知っている――それも、つい今しがた思い出したことだ――安芸も、あたしの同意なしに話すなんてことはしないでくれた。ただ、「真界に戻ったら話します」とだけ言って、打ち切ってくれた。
心ちゃんはあたしと夷の関係を知らない。あたしと心ちゃんが出会ったのはあたしが夷と会えなくなってからで、そしてその頃にはあたしは夷のことを忘れてしまっていたからだ。
夷のことを思い出した今でも、あたしはたぶん、全てを思い出せてはいない。夷との記憶の中に、まだぽっかりと空いた穴が存在する。
勿論、安芸が夷に言った、「いつまで続けんだよ」という言葉の意味も、それを語るのは今ではないという結論に落ち着いた。
そして施療院に辿り着いたあたしたちは、怯える巨人たちの間をすり抜けて常盤さんと瞳美ちゃんがいる筈の奥の部屋へと向かう。
巨人たちが怯えているのは、おそらくあたしたちが眼帯をしていないからだろう。この異世界では、二つ目は忌避される。施療院の巨人が襲ってこないのは、幹部たちが倒されたからなのか、それとも彼ら自身に戦う力が無いのか。
「お帰りなさい」
大きな木の扉を開くと、大きなベッドで瞳美ちゃんは眠っていた。
とても静かなその場所で、常盤さんは瞳美ちゃんの傍に座っていて、そしてその頭を撫でていた。
瞳美ちゃんの寝息はとても静かで、――どれだけ近付いても、聞こえてなんて来なかった。
「……嘘、」
常盤さんは小さくゆっくりと首を横に振った。一往復だけ。
眠っているだけだよね?この後真界に戻ったら常盤さんのところで治療して、ちゃんと罰を受けて。それから、彼女の人生は、また始まるんだと思ってた。
もしかしたらもう魔術の道は行けないかもしれない。でも世界には魔術以外の色んなことがある。彼女の容姿は周囲に白い目を持たせるかもしれないけれど、でも彼女にはもうあたしたちだっている。
漸く彼女は、憧れていた窓の外に行けるんだ。そう、あたしは考えていたのに。
「彼女が自分の行いを顧みていなかったら、もしかしたら違ったかもしれない。でも彼女は疑ってしまった。そしてそのために、この世界から拒絶された。――異世界の創造主は、その異世界から恩恵を受ける。それは祝福なんかじゃなくて、
常盤さんは淡々と続ける。その表情は慈愛に満ちている。けれど、微笑んでなんかいない。
「彼女は世界から見放された。もしかしたら心のどこかで、この世界を破棄しようとしていたのかもしれない。だから異世界の
「……だって、常盤さん、お医者さんじゃないですか」
ダメだ。
「……そうね。私は医師よ」
「それに、時間だって操れるんでしょ?」
やめろ。もう口を開くな。
「……そうね。私は世界で唯一“
「だったら――何で、瞳美ちゃんが死んじゃうんですか?」
常盤さんは悪くないのに。何で、あたしは常盤さんを責めるんだろう。
心の中がぐちゃぐちゃだ。おまけに顔も。でも、このぐちゃぐちゃな感情を、あたしはあたしの胸の内に留めておけるほど強くは無いみたいだ。
「言い訳をさせてもらうとね。――今回の異界調査に赴く面々には、最悪死んでも大丈夫なように異界入りの前のタイミングで“
「じゃあ
「でも私が彼女に出会った時にはもう手遅れだった。“
「――っ!」
哭き崩れる。限界だった。あたしはもう、それしか出来なかったしそれしかしたくなかった。
心ちゃんが後ろからあたしを抱き締めてくれた。恐る恐る、でもぎゅっと、力強く。
はっきり言って、心ちゃんだって辛いんだと思う。あたしたちが瞳美ちゃんと関わった時間は一緒だ。それに加えて、心ちゃんは自分の変化だってある。
それなのにあたしはダメだ。哭くばかりで、どうしてあたしはこんなに弱いんだろう。皆みたいに、強くなれないんだろう。あんなに――弱い自分を、殺してきた筈なのに。
こうしてあたしたちの異界調査の初陣は大成功に終わった。結果だけ見れば、首謀者は死にはしたものの、組織の幹部連中11人を生け捕り――うち二人は常盤総合医院で、だけど――にし、そして
調査団のメンバーに重症者は二人、軽傷者は二十人を超える。でも、死者はいない。
疲れ切ったあたしたちを本社で出迎えてくれた石動支部長は大それた賛辞と労いを贈ってくれた。あたしは「ありがとうございます」と、ちゃんとうまく言えただろうか。
――何が大成功だ。何が初陣を勝利で収めた、だ。
あたしたちは結局、一番救いたいと思った瞳美ちゃんを救えなかったじゃないか。何でそれを、誰も責めないのか理解できない。
「――森瀬」
ゴンゴンとドアを拳でノックする音が聞こえる。あたしの部屋の合鍵を持っている戦友に勝手に家に上がられたくない時、あたしはいつもドアのチェーンをかけている。だから今日も、安芸はこの部屋に入ってくることが出来ない。
「――あんま、思い詰めんなよ」
気配が遠退いていく。ガサガサと聞こえたのはビニール袋だろうか。安芸は高頻度で、あたしのご飯の材料を買ってくる癖があるから。そう言えば、もう丸二日も何も食べていない。でも不思議と、何も食べる気になれなかった。
今日ももう眠ろう――自分の無力さに浸りながら、あたしは再び瞼を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます