Track.2-6「私の基準では――子供ではありません」
「“白い異人”についての正体を、今はお伝えすることが出来ません」
美青は打ち切るようにそう告げたが、その言葉には続きがある。
その意図を言葉尻の余韻から感じ取った航は、敢えて言葉を発さずに彼女の発言を待った。
「ですがそれが持つ力については、四方月さん、あなたが見た通り・考えている通りと言っていいでしょう」
あの白い異人こそが、芽衣の有する【
【
その考えは一見荒唐無稽に思えるが、目の前に時間を操る魔術師がいるのだ、在り得ないとは言い切れなかった。
そしてそれが肯定されたことにより、航は大きく溜め息を吐いて右手を額に遣った。彼がもしもアメリカ人だったなら、その動作に合わせて「
「しかしこの力はまだ発展途上です。私が把握しているのは、“使えば使うほど”その能力を増していく、というところですかね」
「増す、というのは……?」
「言葉通りです。ではどのように増していくのか、という問いについては、“白い異人”の正体に繋がる話ですのでお答えできませんが」
術の修得方法について、魔術士と異術士とでは大きく異なる。
魔術士が“霊基配列”の組み換えによって創造される術式をその理論で以て組み上げるのとは異なり、すでに“霊基配列”が固着してしまっている異術士は、自身の“霊基配列”のどの部分に意識を通せば術が発動するかを、その術がどのような効力を持つか判らないままで感覚的に試してみるしかない。
解析技術の進歩した現在は、固着した霊基配列のうち“死んでいる”配列がどの程度存在するか、“生きている”配列がどの系統に寄っているか、などの情報がある程度は解るようにはなったが、それでも霊基配列に意識を通して術を行使してからで無いと、その術がどのような術かというのは解らない。
中でも、“
そういった魔術士・異術士の常識を脳内で反芻して確認した航は、改めて“白い異人”の能力について思考を巡らせた。
芽衣が併せ持つ【
実際、多くの異術士の異術と言うのは、派生した術から開花し、遅れて根幹の術に目覚める、という
A-B-Cという霊基配列があったとして、A-B-Cの順に全てに意識を通した場合には根幹の異術が発動するが、A-BもしくはB-Cの場合だと派生の異術が発動する、ということが多いからだ。
“白い異人”もまた、【
【
“白い異人”は森瀬芽衣の死亡後、その表皮から“白い羽虫”が湧き出て舞い上がり、積み重なって出現する。そして森瀬芽衣の飛散した血や肉、臓腑を“黒い羽虫”へと変貌させて対象に飛ばし、森瀬芽衣を殺害したのと同じ結果を対象に齎した後で、対象の身体から“青い羽虫”を現出させ、森瀬芽衣の遺体に投与し蘇生させた。
色の違いが何を意味するのかは解らないが、“羽虫”という共通点がある以上、“白い異人”が彼女の持つ異術の根幹であると見て間違いないだろう。
考えを纏め上げ、眼前の美青に視線を戻すと、美青はまるで航のその考えを読み解いていたかのようにひとつ頷く。
寒気に少しばかり破顔した航は、“白い異人”についての質問をそこで切り上げることにした。
“白い異人”の正体が何なのか、それを芽衣が初めて行使した経緯は何なのか、力が増した結果どうなるのかなど、問い質したいことは確かにまだまだ在ったが、美青が「今はお伝えすることが出来ません」と宣言した以上、質問したところで答えは得られないだろう。
「では、次の質問をさせてもらうことにします」
「はい、芽衣ちゃんが街中で堂々と異術を行使するほど魔術士の社会を知らないことについては、教えていないからです。私はあくまで彼女の“身元引受人”であって、彼女の“親”ではありません。それに芽衣ちゃんはもう17歳ですから、結婚だって出来ますし、法を犯しても責任能力があると認められます。そのような年頃のコに、あれやこれやいちいち教えないといけない、というのは、私は違うと思っています」
質問を告げていないのに、その答えを先に言われてしまうことに悪寒が止まらない。この魔女は本当に、自分の質問を受けた上で回答し、それに対して次に自分がどう告げるのかを、その終わりまで全て確認して時間を巻き戻してここに臨んでいるのだと、航は改めて畏怖の念を抱いた。
「17歳は、私の基準では――子供ではありません」
「……あなたが時術を極めたのは、そう言えば16歳の時でしたっけね」
そうですね、その通りです、と――遠い目をして美青が答えたのを見届け、航は口の端だけで笑った。
目の前の魔女は――あの時自分が対峙した魔女と同じ、化け物なのだと、再認識したからだ。
「次の質問に答えますね。えっと、確か、――ああ、そうそう。芽衣ちゃんに両親はいません。そのことについての詳細は、やはり今はお答えできません。それから、先にお伝えした通り、私は彼女の親ではありませんから、彼女の人生設計に於いては全て、彼女の自由意思に任せるつもりでいます。なので、そこから先のことは彼女に直接聞いてください。あ、ちなみに、私個人の意見としては、全然アリだと思ってますよ?」
そこまでを聞いた航は、もう十分だと言いたげに大きな溜め息を吐いた。
◆
「――終わったみたいよ」
左前蹴りから無理矢理足を交差させて繰り出された変則右上段
額はおろか首筋や腕に玉汗をびっしりとつけた茜は、掌で額を拭って白い歯を見せた。
「いやー、全っ然当ったんないんだもんなぁ!」
言うと同時に、茜は医院の屋上の床にべたりと尻を着いた。時折吹き荒ぶ一陣の風は、汗に濡れた明るい髪の毛を舞い上がらせる。
「最後の、
同じく汗を拭うも、涼しい顔で春徒はプレハブ小屋まで歩くと、入口に入ってすぐの処に干してあったタオルを二枚取り、一枚を最早寝転がった茜に差し出した。
「あざっす!」
「しかし本当、元気だよね」
「はは、元気があれば何でも出来ますからね」
「はは、確かにそうかもしれないけどね」
二人の攻防はほんの十分も続けられていない――
琉球空手を主体としながらも、多くの武道をその攻防に取り入れた茜と。
少林寺拳法に代表される中国武術を
その二人の現在の戦闘スタイルの半分以上は、この屋上での組み手によって形成されたと言っても過言ではない。――無論、その基盤はそれぞれの日常で築き上げられたものだが。
首の力で引き込んだ下半身ごと身体を跳ね上げる、所謂“ヘッドスプリング”によって起き上がった茜は、疲れなど微塵も見せない持ち前の快活さでプレハブ小屋から自分の上着を取ると、改めて春徒に頭を下げる。
「ありがとうございましたっ!」
「はいはい、早く行っておいで」
春徒もまた、スマートフォンの画面で現在時刻を確認すると、椅子の背もたれに掛けてあった検査着に袖を通す。
その姿を見届けず、茜は駆け足で直下階から伸びる屋上の出入口へと走り去った。
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