Ⅱ;言 及 と 玄 冬

Track.2-1「――またきみを、ころせなかった」

「――またきみを、ころせなかった」



 倒壊したビル群と、廃棄された車両の散在する道路。

 風化した砂地の荒野。そこに斜めに突き刺さったままもう灯らない信号機。

 退廃した風景は青空から降り注ぐ光の粒を受けて歪にキラキラと佇んでいる。


 生命いのちだけが過ぎ去った死んだ世界は、空間でさえあちらこちらにひびが入っている。

 その何もない、未来なんて何一つ何もない風景を、あたしだけが唯一眺めている。

 明晰夢だっていうのに、自分の思い通りになんて何一つならない景色だ。この経験を、あたしはもう何度も繰り返していた。


 だから、次の瞬間に訪れるモノも知っている。


「ごめんね――」


 後ろからかかる声。

 去っていく靴音。振り向こうとして――



 ――また今日も、夢から醒めるのだ。



   ◆



げ ん と げ ん


   Ⅱ ; げん 及 と げん 冬



   ◆



 ――ピンポーン。


 その夢から醒めた朝は、決まってあたしの機嫌は悪い。

 締め切った分厚いカーテンのせいで薄暗い部屋を通過したチャイムの残響に顔をしかめながら、いつものようにその音を無視する。

 すると決まって戦友は、渡してある合鍵でガチャリと施錠を解くと、ドアノブを回して部屋に上がってくる。


「いるんなら開けて欲しいんですけどー?」


 ガサ、とキッチンの作業台にコンビニの袋を置いて、まるでこの部屋の住人のように戦友は冷蔵庫を開け、買ってきた麦茶を入れる。袋にはまだ牛乳が入っているが使うのだろう、冷蔵庫には入れない。

 流しシンクの下の扉を開け、そこからシリアルの袋を出して、ベッドで上体を起こしたまま未だ顰めっ面のあたしを見ては、持ち前の快活な笑顔を見せた。


「まーたあの夢か」


 あたしは返答せずに頷く。


「ほら、さっさと着替えろよ。今日は学校サボって病院行くんだろ?」


 そう言うお前は学校どうしたんだよ、と言うことさえ億劫で。

 そんなあたしに、戦友は深皿に入れた朝食シリアルを持って来てくれてテーブルに置いてくれる。

 あたしはいそいそとベッドから下りて、寝巻のまま戦友が用意した朝食シリアルをスプーンで掬って食べる。このパリパリ感が、牛乳によってふにゃふにゃになっていくのが好きだということを、戦友はもう知っている。


「おいしょ、っと――」


 あたしの向かいに陣取り、テーブルに自分の分の朝食シリアルを用意した戦友は、スプーンを口に咥えながらテレビを点ける。


『昨日昼過ぎに東京都千代田区の飯田橋駅近くで発生した異界の門ゲートは――』


 ニュースではあたしが昨日巻き込まれたゲートの話をしている。学会スコラの調査団によって異界に飲み込まれた人々のうち、103人の遺体を真界こっち側に運び込めたけれど、飲み込まれた電車の前五両に乗っていた人や、あの融合異骸キメラデッドにされた人たちは帰って来れなかった。


「改めて見ると、すごいもんに出くわしたんだな」


 ニュースを見ながらボリボリと朝食シリアルを咀嚼する戦友の表情は穏やかだ。あたしはニュースではなくその顔を見つめながら朝食シリアルを頬張った。


「ご馳走様」

「はいよ、お粗末様」


 袖を捲り、流しシンクで洗い物をする戦友を横目に、あたしはクローゼットを開いて今日の服を物色する。

 基本的に好きな服しか着ない・買わないあたしのラインナップは、戦友や後輩に言わせると「殆ど同じ」らしい。――これでも、色々と着回せるよう考えて買ってるんだけど。


「これ、と――あ、ズボンこれがいいな」


 ベッドの上に選んだ服を放り投げ、クローゼットを閉めて着替えを開始する。

 そうやって選んだ今日の服は、フードの付いた七分袖の黒いフルジップパーカー――なんとフードの頂点てっぺんまで締められる――に、土耳古石色ターコイズブルーのエスニックなのかアラビアンなのかよく判らない模様が精一杯あしらわれた黒い股下が膝下にあるサルエルパンツと、黒い踝丈の靴下スニーカーソックスだ。これに、お気に入りのコンバースのハイカットシューズを合わせる。


「うん。今日も見事に黒一色モノトーンゴキブリだな」


 変わらない笑顔でそう評価する戦友に、あたしは無言で親指を立てサムズアップる。


「ああでも、差し色がある分まだマシか」


 模様これを差し色と言っていいのかな?よく判らないけれど。


「っていうか、病院まで着いて来るの?」

「ああ、そのつもりだけど?」


 本当にお前学校どうした、だ。


「オレも学校は今日はサボる。午後からやりたいことあってさー。あ、鹿取カトリもサボるって言ってたぜ」


 お前は精神感応者テレパシストか、とはまたやはり言わずに。

 そして身支度を終えた午前8時15分。私たちは互いに鞄を背負って部屋から出る。

 ガチャリと施錠し、鍵を鞄のファスナー付きのポケットに入れて――


 ――そうやっていつもの日常に間違いない朝の時間をこうやって、何故かいつの間にか甲斐甲斐しくなってしまった戦友と過ごすことで、あたしの胸の内の不機嫌は何処かに行ってしまうのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る