Track.1-25「――あのコの“最愛”だよ」

 勇者は戦士と魔法使いを仲間にして、そして漸く賢者と出会った。

 うん、完璧だね。完璧な筋書シナリオだ。


 あとは成長レベルアップを待つばかり――待ち遠しいなぁ。


 そう、独り言ちて。

 わたしはその殆どが崩れ去った回廊の欄干に凭れて、眼下で一生懸命探し物をしている調査団そいつらを眺めていた。


「内観を見るに、やはりこの異界は孔澤アナザワ流憧ルドウ中期の作品と思われます」


 おそらく誰かと通信して報告しているのだろう――間瀬、だっけ?は調査員たちの真ん中で、彼らに指示を出しながらそう呟いている。


 孔澤アナザワ流憧ルドウ――おそらくこの国に於いては一番、世界を見渡しても十指に入るんじゃないか、ってほど有名な魔女だ。悪名高い、って方の意味で。

 魔女・孔澤は“異界表現者”などというよくわからない別名を持つほど、それはもうたくさんの異界を作っている。異界を芸術の頂点だと思っている彼は、この異界のように創り上げてはそれがそれだけで成立するような仕掛けを施し、切り離して放置する。

 そして時折自分が放置した芸術の欠片を覗き込みながら、巻き込まれた人びとが右往左往したり、恐怖や絶望に慄き崩れていく様、朽ちていく様を眺めながら葡萄酒ワインを飲むのだ。

 はっきり言ってイカレてるよね!


「これは――間瀬さん!」


 そして台座の部分を調べていた調査員が、取りまとめる背の低い魔術士を呼ぶ。


「どうした?」

「これ、ここを見てください――」


 おっと。それに気付いちゃったかー。

 わたしもまだ下手っぴだからさあ、そういううっかりさんが残っちゃうこともあるんだよねー。

 それはさー、あんまり知ってほしいやつじゃないんだよなー。


 孔澤流憧はさ、――まだ生きてるって話にしてほしいんだよね。


「――!」


 彼らの前にふわりと躍り出たわたしに――その神出鬼没さに、目を見開き即座に構えて体内の霊銀ミスリルを稼働させる慣れっぷりに、むしろわたしの方が驚く。


「へぇ、場慣れしてんだね」

「お前――誰だ」


 ほんのりと透き通ったわたしの身体を見て、チャン間瀬が尋ねる。


「まさか幽鬼ガイストって嘯くつもりじゃないよな?」

「そうだねー。幽鬼ガイストのつもりはさらさらないねー」

「敵か、味方か――まぁ、十中八九味方は無いだろうな。味方なら、全部終わってからのこのこと現れないし、巻き込まれた一般人とも思えない」


 それはお喋りがしたいんじゃなくて、ただ自分の体内にどんな展開にも即応できるような霊脈を練っている時間稼ぎだってことを、わたしはこの魔術士に触れて――5メートルくらい離れているけれど――思考を読み取っているので承知している。


 どうやら、完全に敵視されているらしい。


「わたし?じゃあ問題です。わたしは、誰でしょーか?見事答えが解ったヒトには、素敵な思い出をプレゼントしてあげまぁす」

「ふざけんじゃねえぞ――」


 チャン間瀬の手を包む手袋グローブ型の術具が青白く発光している。

 調査員はわたしを取り囲むように散会し、それぞれが得意とするであろう術式の展開に向けて準備している。


「いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、しち――あれ、一人足りなくない?あ、そっか。そうだったそうだった。一人は、あのコたちについてってるんだった」


 わたしは彼ら一人一人の動きを同時に把握しながらも、気にせずに問題の答えを待つ。でも――おっかしーなー、誰も答える気無くない?


「んじゃ全員ギブアップ、ってことでいーのかなー?みんな、わたしが誰かってわかんなーい?」

「逆だ、馬鹿。あと五秒だけ待ってやる。その内に答えなければ、お前は敵だと見做みなして攻撃を開始する。――総員、迎撃体勢を保持。合図を待て」

「あー、まぁー、そうだね。そうなっちゃうかもねー」


 もはや小さな太陽の如き光源となった術具に包まれた右手を高く掲げ――調査員たちも、それぞれが手にした、もしくは身に着けた術具で霊銀ミスリルの共鳴を高め、荒れ果てた大聖堂の中に小さな乱気流が巻き起こった。


「5――」

「……もー、」

「4――」

「しょーがないなー」

「3――」

「じゃあ答え、」

「2――」

「言っちゃうよ?」

「1――」

「わたしはねぇ――」

「――0!ぇっ!」


 合図が落ち、都合七人の魔術士たちが一人のちょっと透き通っているだけの少女に向けて魔術を放つ。


「“方術・選択透過の次元牢ロンサム・ディメンジョン”!」

「“炎術・火蜥蜴の咆哮ロアー・オブ・サラマンダー”!」

「“斬術・刃累はがさね”!」

「“雷術・雷霆波動砲ライトニング・ブラスター”!」

「“異術・幽界剥離スピリットピーリング”!」

「“流術・鎌鼬ゲイルリッパー”!」

「“光術・帳下ろす終幕の光弾ファイナライズ・フォトン”!」


 わたしを中心として張られたドーム状の結界の中で、放たれた六つの魔術がわたしを蹂躙する。

 それをわたしは、殆ど足場の崩れ去った回廊から見下ろしている。

 何だろう。攻撃魔法って、中二病臭いよね、特に名前が。好きだけど。


「――!」


 わたしが見下ろすわたしは、ちゃんと透き通ったまま、何かされたの?って顔をして七人を、特にその中心人物であるチャン間瀬を眺める。

 そんなわたしを、驚愕を隠さずにチャン間瀬は目に宿してくれている。


「器が小っちゃいなぁ。折角ひとが、答えを教えてあげようとうのにー」


 告げて。わたしは、右手を突き出した。

 掌を向けた地面から、ぽこりと水面に泡立つように現れる――彩り豊かなまり。それは乱回転しながらわたしの掌に収まると、わたしはそれをしゅるりと回して宙に浮かせる。

 地面から湧き出た時と同じ乱回転をする毬は、回転しながらその周囲に無数の投擲ナイフダガーを出現させていく。

 地上高5メートルほどの高さまで浮き上がった毬の周囲には、無数と言って差支えの無いほど夥しい数の黒い投擲具が、その刃を七人に向けて待機している。


「じゃあ、正解言うよぉ。わたしはねぇ、――」


 掲げた手を振り下ろして。


「――あのコの“最愛ラスボス”だよ」


 無数の黒い投擲ナイフダガーが、七人の魔術士に降り注いだ。



   ◆



げ ん と げ ん


   Ⅰ ; げん 痛 と げん 獣 ―――――Episode out.


 next Episode in ――――― Ⅱ ; げん 及 と げん 冬 



   ◆



 ああ。待ち遠しい。

 はやく会いたい気持ちを落ち着けるように、わたしは回廊から作業を続ける彼らを見つめる。

 わたしの投擲具に貫かれ、わたしと、見つけた異変の記憶を失った彼らは、やがて異界から真界へと帰っていく。


 はやく逢いたい。

 はやく逢って、ころしあいたい。

 でも、我慢だ。我慢は大事。だって――


 ――会えない時間が、愛を育てるんだって、言うじゃんか。

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