Track.1-18「いや、アレは――幻獣だ」
鉄扉を押し入り、まだ続く廊下を進む。
上り階段があり、上るといくつかの廊下が合流する、幅広い廊下がある。
まだ進む。
また現れた、今度は片側が内側に開いた巨大な鉄扉を潜り――航は、その輝きに目を細めた。
一言で表すなら、
三階層をぶち抜いたような高い空間は、天井いっぱいに敷き詰められた荘厳で優美なステンドグラスから差し込む幽艶な輝きに溢れ、それまでの鬱蒼とした雰囲気を解消している。
奥には壁や天井へと伸びるいくつもの金属管を生やした巨大な真鍮色のパイプオルガンに挟まれ、一際高い台座と、その上に天へと上る白い十字架、そしてそれに磔にされた青白い人型があった。
台座の足元には金で縁どられた真っ青な絨毯が航の足元まで伸びており、それを挟むように空間の手前には長椅子がいくつも並んでいる。
その、一番手前――鉄扉から最も近いところに、森瀬芽衣は腰掛けていた。
「っ!――森瀬ぇっ!!」
様子がおかしいことに気付き、駆け寄って正面に回る――何て生気の無い顔をしているんだと、航は自身の顔を歪ませた。
思わず肩を掴み、その体温の低さに愕然とする。
「森瀬!森瀬ぇっっっ!」
冷たい頬に触れ、冷たい首に触れ――とくんと、脈打つ音を感じる。
「生きてる、生きてるっ!」
かなり弱々しいが、目の前の少女が辛うじて生きていることに安堵した航は――次の瞬間、ぞっと背筋を震わせた。
『オオ――ォオオ――』
『アァアア――ァオ――オァアア――』
幽かな、それでいていくつもの声が、少女の周囲から聞こえている。
明るさに目が眩み解除していた【
芽衣の足元に落ちていた蜂鳥の柄を踏み、回転しながら浮き上がったそれを蹴って右手に握ると、
「森瀬ぇっ!」
「……四方月、さん?」
「――お前、ふざけんなっ!素人のくせに一人で何やってんだっ!?」
「あ……ごめん、なさい……」
呟くような言葉を漏らしたその後で――そして芽衣は、航の激昂に対して切り返す。
「――ってか、あたしちゃんと一人で行くよ、って言ったよ!だいたい四方月さんがあたしみたいな素人置いて寝入っちゃうのがダメなんじゃん!」
「んなっ――お前、ブッ殺されてぇのか!?」
「ブッ殺されたらブッ殺し返すよ!」
「上等だ!やってみろよ!」
「じゃあブッ殺してよ!」
二人の喧騒に呼応するように、それまで微塵も感じさせなかった二人を取り囲む数十の気配は、奇妙な呻きとともに現れ、二人はそれを知覚して見つめ合ったまま押し黙る。
「……喧嘩してる場合じゃ無さそうだ」
溜息を吐いて、航は右手の蜂鳥に
芽衣はそれを受け取り、椅子から立ち上がると、周囲に溢れんばかりに存在する、もはや隠そうともしない薄く透き通った
「アレ、どうやって斬ったの?」
「また別の、“斬術”って系統の魔術だ。俺は初歩中の初歩しか使えないがな」
「じゃあ四方月さんが持ってた方がいいんじゃない?」
「……そらそうか」
そうして芽衣が蜂鳥を航に返そうと差し出した瞬間――大聖堂の奥で
同時に、その両側でパイプオルガンは、奏者不在のまま荘厳かつ凶悪な
「ぐっ――精神攻撃か!」
そして台座にたどり着くと、
「きもっ……」
ひとつを食う毎に痩せ細った身体を膨張させ、一度に一体が、一度に数体を飲み込むほど巨体となった青白い人型は、力を得たとばかりに十字架から四肢を力尽くで解放すると、重く絨毯の上に降り立った。
「―――――――!!!」
空間そのものを劈く咆哮を上げ。肉を震わせ、形を還る異形。
人めいた質感は光沢ある鎧のように変貌し、顔を覆っていた無貌の仮面の下部に、口のような亀裂が走る。
青白さは血を思わせる赤黒さに変わり、白い十字架でさえ血をぶち撒けられたように赤く染まり――それもまたぐにゃりと形を変え、根元から浮かび中空で赤い球体になったかと思うと、回転しながら細く伸び、異形の手に“
赤い甲冑のような肉体と、胴から下に蜘蛛のように折れ曲がって伸びる六本の下肢。
赤く口開く、そこだけ真っ白な無貌の面。
「あれも
「いや、アレは――
六本足の
そして、目にも止まらぬ疾駆で、二人目掛けて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます