Track.1-14「まずは――人払い」

 時をさかのぼることおそよ一時間。

 民間魔術企業クローマークの報告を受け、異術士・森瀬モリセ芽衣メイの動向を監視するため魔術学会スコラより派遣された魔術士・間瀬マセ奏汰カナタは新見附橋の橋上で驚愕した。

 つい先ほど自分の直下を北北東へと走り抜けていったJR中央・総武線千葉方面行の黄色いラインが特徴の電車。その先頭車両が、ちょうど土手上に構える大きな病院を過ぎ去ったかと思えば激しい衝突音と衝撃波が大気と川面とを揺さぶり、異界の門ゲートが開いたのだ。


 荘厳なステンドグラスの大窓が大破したかのように空間が罅割れ大穴が空き、世界の境界を保っていた霊銀ミスリルの破片が極彩色の輝きを放ち霧散し――混ざりあった空間が、衝突した電車はおろか土手やその天端にいたわずかな人びとを吸い込みながら捻じ曲がり異界の方へと吸い込まれていく。


 その中に監視中の対象と話し合う見知らぬ魔術士が飲み込まれていったことを確認し、漸くわれに返った奏汰は、通信魔術を起動させ自身の上長であるルカ・エリコヴィチへと繋ぐ。

 自身の眼前に、常人には見えない霊銀ミスリルのディスプレイが現れ、応答したルカは北欧人特有の白く儚げな相貌で部下の報告を促す。


異界の門ゲートが開きました。場所は東京都千代田区富士見2丁目、神田川上、JR市ヶ谷駅と飯田橋駅の間です。ゲートの直径はおよそ50メートル程度、推定100名以上が飲み込まれたと思われます。また、二名の魔術士の異界入りを確認。うち一名は異術士であり、監視対象として指定された森瀬芽衣です」


 そうか、と短く溜め息を吐いたルカは、額に手を遣ったままもう一名についての確認を言葉にする。


「もう一名の魔術士はクローマーク所属の四方月航と思われます」

「分かった――魔術介入を許可する、人払いを徹底しろ。早急に学会員を送る。到着を待って門の座標固定、異界接続、探査と救命、処理だ」

「了解しました」


 接続を解き、奏汰は手袋グローブ型の術具に新たな術式を注ぐ。

 手の甲の部分に意匠された幾何学模様に光が点り、霊銀ミスリルざわめいていく。


「まずは――人払い」


 開いた異界の門ゲート付近は現在人気は無い。しかしあの音と衝撃だ。野次馬はぐに増えるだろう。

 それを有耶無耶うやむやにし、魔術士以外が近寄らないような結界を張るための術式を、奏汰は現地へと走りながら組み上げていく。


「起点指定――範囲指定――“不可思議の虚像インヴィジョン”」


 奏汰の操る霊銀ミスリルゲート周囲を取り囲み、それらは光の屈折率を歪めそこにあるはずの異界の門ゲートを見えなくさせた。

 また、その空間からは絶えず特殊な波長を持つ電磁波が投射され、何だ何だと現れる野次馬はそれに打たれると魔術の作用により興味を削がれ帰っていく。


 ただ一人、星百合女学園の制服を着る魔術士、鹿取カトリココロを除いて。


(……タイミング的に異界入りしてるかもしれない。一応、安芸アキさんには伝えておこう)


 周囲の野次馬に倣い、自身も興味を削がれた風に振舞いながら、心は取り出したスマートフォンを操作し、メッセージアプリを起動した。




 一方、同時刻。


 クローマーク中央支部に務める玉屋タマヤ望七海モナミは、同僚である四方月航の無線式インカムからの信号が途絶えてから三分が経過していることを確認すると、開いているノートパソコンのデスクトップ上に整理されたアイコンのひとつをダブルクリックする。


 新しく立ち上がったウィンドウには、航が彼の固有座標域に持ち出している兵装の稼働状況が記録されており、その中の太刀型甲種兵装・刺羽、脇差型甲種兵装・蜂鳥、そして丙種兵装・最高傑作んさいこうけっさくんMkⅢマークスリーが稼働状態にあることと、つい先ほど学会スコラを通じて共有された“異界の門ゲートが開いた”という情報、そして航が最後に向かった場所から、航は異界入りしたと結論付けると、すぐにノートパソコンを持って支部長室へと向かう。


「ヨモさんが異界入りしました」

「ああ、学会スコラからも今しがた連絡があったところだ」


 いつもと変わらない恵比寿顔で返すクローマーク中央支部長、石動イスルギ森造シンゾウは続いて航が持ち出した兵装の稼働状況の説明をうんうんと頷きながら聞く。


「ヨモさんは二刀使いではありませんから、おそらく蜂鳥は同行者に渡しているかと」

「そうか。同行者とはつまり――」

「はい――接触した異術士、森瀬芽衣だと思われます」


 頭をぽりぽりと掻き、少しだけ思案した森造は表情に笑みを戻して望七海を見る。


「分かった。異界の門ゲート対応は学会スコラの方で対処するようだ。玉屋君は引き続き、四方月君を追いながら、最高傑作んさいこうけっさくんとの接続を試してくれ。異界の状態によっては通信できる可能性がある」

「分かりました」


 一礼し、きびすを返して自身の机へと戻りながら、望七海は沸き起こる緊張を飼い慣らすための深呼吸を繰り返す。




 さかのぼった時を戻して。

 くだんの二人――森瀬芽衣と四方月航は、未だエスカレーター前の廊下に座していた。

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