Track.1-13「待たせたな」

 天井に這い上がって張り付いた融合異骸キメラデッドが射出する骨の槍を舞い踊るように掻い潜り、とても異骸との戦闘が初めてとは思えない機動で芽衣は回避行動を継続する。


 その様子を、決して集中を途切れさせずに脳内に明確な想像イメージを練り上げ続けながら、航は薄く開いた視界の端で観察していた。


 芽衣の繰り出す【自決廻廊シークレットスーサイド】――解析結果を得た段階ではそれが一体どのような用途を持つのか測りかねていた航だったが、現状を見るにそれが極めて有用なものだと察した。


 こちらサイドが打ち合わせや準備を必要としたように、天井に這い上がった融合異骸キメラデッドもおそらく体内構造を組み換え、肉の腕を伸ばすのではなくより堅固で鋭利な骨の槍を射出できるようにしていたのだろう――こちらサイドが突っ込んでこないのをいいことに。


 人間を素体ベースとする異獣や異骸は、腐ってもやはり人間。

 人間のように考え、人間のように動こうとする。融合異骸キメラデッドあまつさえ複数の人間が集合した存在だ。引き継ぐ個性も薄れ、その平均値や近似値で行動する。


 苦心して作り上げ繰り出した骨槍を躱された融合異骸キメラデッドは憤慨した筈だ。

 その憤慨を、【自決廻廊シークレットスーサイド】は増幅させた。

 馬鹿のひとつ覚えのように同じ攻撃だけを、同じ対象だけに繰り出して、そしてそれすらもいなし躱され。

 そのことで更に膨れ上がった憎悪の飽和点を赤い羽虫が食い潰していく。

 堂々巡りだ。


(“廻廊”とは、よく言ったもんだな――)


 心の中で独り言ちて、全てを整え終えた航は立ち上がる。

 焼き切れそうな脳の痛みを噛み殺しながら、全身に巡る未だ安定しない太い霊脈を霧散させてしまわないよう慎重に向き直る。


 芽衣は変わらず、全身に出来た擦過傷や切り傷から赤い羽虫を舞い上がらせたまま、縦横無尽に、時には立体的な機動で以て骨の槍から致命傷を避け続けている。

 躱しきれない一撃も、蜂鳥の刀身をぶつけて軽傷で済ませていたり、無理やり身をよじって掠り傷で済ませたりと、まるでコンテンポラリーダンスにも思える体の動きを、運動エネルギーを維持したまま回避し続けている。


 しかし、瞑想を開始してからすでに2分30秒は経過している。

 あれだけの緊張下であれだけの消耗をしているのだ、急に糸がぷつりと切れてもおかしくない。


「あっ――」


 そして着地点をわずかばかりに見誤った芽衣は、融合異骸キメラデッドの体液である黒い汁溜まりに滑り、足を止めてしまう。

 その時を待っていたと言わんばかりに、未だ天井を這う融合異骸キメラデッドは全身から骨の槍を捻り出し、一斉に射出する。


 【自決廻廊シークレットスーサイド】の副作用にて身体性能の上昇してしまっている異形が放つ骨槍の速度は、もはや視覚で補足することが出来ない程だ。

 当然、そんなスピードで繰り出される、霊銀ミスリルがふんだんに練りこまれた高硬度とヒト数人分の骨の質量は圧倒的な破壊力を持つだろう。

 異術士とは言え、一介の女子高生は衝撃波も相俟あいまって、よくて挽肉ミンチだ。


 しかし射出された骨の槍は、その全てが本来の軌道から逸れて地面や壁に激突する。

 驚愕に目を見開く融合異骸キメラデッドは、骨槍を回収・再装填し、再び射出する――が、それらも全て同じ結果をなぞる。


「待たせたな」


 足を滑らせ尻餅をついた芽衣の背後に【座標転移シフト】によって現れた航が行使したのは、局地的に空間を捻じ曲げて攻撃を無効化する【順路など無き次元迷宮メイズ・ディメンジョン】の魔術だ。

 航と芽衣がそこにいる限り、彼ら二人に対して融合異骸キメラデッドが直接的に攻撃を行うことはもう出来ない。


 そして航は、足元で呆然とする芽衣の頭にぽんと手を置いて、見上げたその瞳にくしゃっと笑いかける。


「お前――強いんだな。悪い、見くびってた」


 芽衣はただ、飲み込めないその言葉を鼓膜の中で咀嚼し続けた。

 そして天井の異形を睨み上げた航は、「終わりだ」と言い放ち、全身に流れる霊脈を両の手に収束させて、この時のためだけに練り上げた新術式を解き放つ。


「“捩じ斬り裁ち軋る異端の牢獄オーバーキリング・エグゼキュート”」


 淡く輝く白い霊銀ミスリルの奔流が廊下を駆け回り浸透すると、いくつもの線が空間を縦横無尽に走った。

 白く輝く霊銀ミスリルの線は異形の巨体を何度も何度も幾何学的に往復し、数秒にも満たないうちに天井に張り付いた巨体は、細切れとなって地面に落ちる。


 ずっと聞こえていた怨嗟も呪詛も、もう今では聞こえない。

 術式の自動解除を見届けて、航は勝利を確信して大きな溜息を吐いた。

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