Track.1-10「相手誰だと思ってんの?JKだぞ?」

「そういやお前のあの術ってどんなんだ?」


 止まったエスカレーターの高い段差を登りながら、航は後ろを振り返らずに芽衣に問うた。

 芽衣もまた、ここまで歩き続けで疲労の溜まった足を上げるのに精一杯という風に、前を進む航を見上げず足元を見つめながら答える。


「……体の外に出た血液が、虫に変わって、……それを飛ばして……で、相手に当たったら、相手があたしを怒って、……あと、パワーアップして、……そんな感じ」

「説明下手かよ。――つーか、やっぱお前って異術士だったんだな」


 そこで初めて誘導されていたことに気付いた芽衣は、足を止めて目の前の背中を見上げ、睨みつけた。

 航もまた足を止め、振り返って見下ろす。それは何か言いたげな素振りだったが、開きかけた唇を再び噤んで、航はまた前を向いてエスカレーターを登り出す。


「魔術ってのは、あんまり普通の人に使っていい代物じゃない」

「は?」


 背中を睨みつけながら追随する芽衣の耳に、航のはっきりとした物言いが突き刺さる。


「魔術ってのは霊銀ミスリル霊銀ミスリルを震わせる行為だ。干渉された霊銀ミスリルは大なり小なり活性化してそれを宿す存在を歪める」


 異界に取り込まれた者が霊銀ミスリル中毒となり、異獣アダプテッド異骸リビングデッドとなるように――そこまでを聞いて、芽衣は寄せていた眉根を解き目を見開いた。


「え、じゃあ――」

「安心しろよ。昨晩のあいつは、割とケロッとしてたぜ?ガチもんのロリコンド変態だったから警察に突き出しておいたけどな」


 それにと、ひとつ置いて。

 航は、よほどのことが無い限り、異界でも無ければ魔術の対象が異獣や異骸になることは無い、と続けた。

 その言葉に確かに安堵は覚えたものの、芽衣はどこか居心地の悪さ、バツの悪さを感じて、見つめていた背中から目を逸らした。


「でも魔術と違って異術は少数派マイノリティだからな。全てにおいて研究が進んでいるわけでもないし、万が一ってことも勿論有り得る。逆に魔術を使いすぎて体内の霊銀ミスリルが暴走して、術者自身が異獣化してしまうって案件も、データは少ないが魔術士より異術士の方が割合は高い」


 だから異術士って言うのは魔術士に比べて忌避されるし、それをわかってるからこそ普通の異術士は街中で堂々と自分の術を見せびらかさない、と締めた航の言葉を、芽衣は段差を登ることに苦労しながらもしっかりと脳内で反芻した。


「でもあんたも使ってたじゃん、一般人パンピーに、馬鹿みたいに叫んでさ」

「ああ使ったね、使ってたね、俺一般人パンピーに馬鹿みたいに『ぶらすとぉぉぉおおお』って叫びながら魔術ぶち込んでたね!――でもそれはお前の術にアテられてたからだ!」


 振り返っては大声で矢継ぎ早に捲し立てる航の表情に呆れながら、芽衣は指を揃えた手を手前から奥に掃くように振って前進を促す。


「くっそ――ひとが折角いいこと言ってんのに……」

「年寄りって何でそんなに説教好きなの?マジ勘弁……」

「俺はまだ三十路手前だ!」

「クソおっさんじゃん。相手誰だと思ってんの?JKだぞ?」

「JKと比べんな!お前だってJCからしたらオバさんじゃねぇか!」

「は?どこにJCいんの?幽霊でも見えてんの?――って」

「見えてねぇよ、確かにいはするかもしれんが――あ?」


 芽衣の表情が変わり、自身の向こう側を凝視していることに気付いた航は、切り替えて振り返る。

 もうすぐたどり着きそうなエスカレーターを登りきったその場所に、ほんの少しだけ金属球の灯りに照らされたぼんやりとした人影が、航が振り返ったのとほぼ同時に走り去っていくのが見えた。


「……いたじゃん、J……C?」

「馬鹿か――“刺羽サシバ実装パーミッション”」


 鞘から抜き放った刀身に刃を現出させた愛刀を八相に構え、航はより一層の力を足に込めて一段跳ばしでエスカレーターを駆け上がる。

 急速に遠ざかる背中を、驚愕と愕然とを灯した表情で睨みつけた芽衣もまた、少し出遅れて文句を呟きながら駆け上っていく。


 少し開けたB1フロアはエスカレーターと並行に前後に廊下が続いている。

 ホーム同様、トンネル内よりはマシ程度の照明が薄暗く周囲を照らしており、荒廃してはいるものの、向かい側の壁面には店舗が連なっている様子が見て取れた。

 息を切らしながらエスカレーターを登りきった芽衣は、廊下の中央で武器を構えながら静止している航を見つけると、ごくりと唾液を嚥下して駆け寄る――それを、柄から離した左手で航は制止する。


「――おかしいと思ったんだ」


 表情のみで疑問を呈する芽衣を視界の端に映しながら、航は突き出した左手を柄に戻し、ふぅと息を吐いて言葉を続ける。


ゲートが開いた時、離れてはいたが俺たちの周囲にも人はいた。――そいらはきっと、飲み込まれた時に形も残せずに潰されてしまったんだ、って考えていた」


 やがて、航が睨む先――廊下の奥の暗がりから、ずり、びち、ずり、という、濡れた何かを引き摺るような重い音が近付いて来る。


「実際は、どうやらそいつらはこのフロアに、ぐちゃぐちゃに混じったまま転送されて――お出ましだ」


 薄暗い照明の下に現れたのは、暗紫色に変色した肉の膨れ上がった、まるで巨大な芋虫を想起させるようなフォルム。

 しかし長太い体の側面に生えているのは人間の四肢で、それらは不規則な動きで地面を掴み、黒い汁を垂らしながら肉を地面に擦り付けて進んでいる。

 胴体の先端に一際膨らんで突き出ている頭部は、苦悶に歪む複数の顔が集合して出来ている。

 黄色く濁った眼球は忙しなく周囲をギョロギョロと見渡しており――それを直視した芽衣は込み上げる吐き気を喉の奥でどうにか咬み殺す。


「そこにいろ。アレは俺がる」


 そう言い放って。

 鋭い眼光で駆け出した航に、融合異骸キメラデッドは怨嗟と呪詛の咆哮を口々から一斉に吐き出した。

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