Track.1-9「JKが口付けたもん欲しがるとか在り得ない」

 金属球が照らす中、四方月さんは周囲――特に、灯りで照らせない闇の向こう側と天井の気配や動き――を警戒しながら歩いている。

 先導され、あたしもその背中に従い歩を進める。そのあたしの背に追随するのが、追尾ホーミング状態の蜂鳥だ。

 何というか、先頭を金属球が、四方月さんが二番目で、あたしが三番目、最後をこの蜂鳥が並んで歩いている姿は、傍から見るとドラクエ的だなぁと、状況にそぐわないことをつい考えついてしまう。


「異世界とは、魔女が魔術を用いて創り上げたそいつの理想郷だ。その世界ではそいつの願いが成就され、その世界にいる限り魔女は永遠に生きられるし、やりたい放題何でも出来る」


 ただし、創り上げた世界は魔術で編まれている以上、霊銀ミスリルの供給が必要不可欠で、その世界の規模によっても頻度は変わるけれど、定期的に外界から霊銀ミスリルを摂取しなければならない。

 大きく変動の激しい異界には、他の世界に流れる“霊脈レイライン”に強制的に接続してその世界から霊銀ミスリルを奪うものもあるけれど、多くの異界は外界に接触・接続してゲートを開き、取り込んだ空間や生物から霊銀ミスリルを奪う、らしい。


「でもって、外界からの霊銀ミスリルの供給ってのはその異界の管理者である魔女が主体的に行う――まぁ、場合によっちゃその異界の運営上、自動的にプログラムされていることもあるが――まぁとにかく、今回みたいに電車が物理的に突っ込んでぶち開く、なんてことは本来起きない筈なんだ」


 揚々と語る四方月さんの顔はどこか得意げで、この人すごい大人なのにすごく子供っぽいなぁ、なんてあたしは思ってしまう。


「ただし管理者である魔女がすでにいないか、もしくは管理・運営を放棄された異界では、在り得る」


 それを、魔術士の業界では放棄された空間死んだ世界だったり、単に死界デッドランドなどとんでいるのだそうだ。


「創った人がいなくなっても、その世界は続くの?」


 あたしが尋ねると、四方月さんは得意げに鼻を鳴らして答える。


「生産者が死んでも、野菜は食えるし車だって動く。魔術だって、行使者が死んでも効力を維持し続けるものは多々あるさ」


 言われてみれば確かにそうだと頷ける。創り上げた人がいなくなっても失われず残るものの方が、世界にはよっぽどありふれていて、そして溢れている。


「管理・運営を放棄した、っていうのはどういうこと?」

「創り上げた異界が大きくなりすぎて、要らない部分を切り離すんだ。異界は大きいとそれだけ霊銀ミスリルをより必要とする。でも、場合によっちゃそう簡単に霊銀ミスリルが手に入らないこともある。供給量より消費量が多いと、その異界は破綻してしまうからな」

「ふぅん……」


 そうやって時折休憩を挟みながら小一時間ほど歩いただろうか、ぼんやりと薄明かりが遠く向こうに見えてくる。

 魔術で視覚を拡張した四方月さんが注視したところによると、どうやら本当にホームらしい。


「結構遠かったな。都内の駅とかだと、片道三十分も歩けば隣駅に着くことってよくあるけど……」

「ってことは、都内を模した駅じゃないってこと?」

「さぁな。そればっかりは魔女に会って聞かないことには判らないさ。まぁ、会わないに越したことは無いんだけど」


 トンネル内よりはマシな照明のもと、あたしたちは線路レールからホームにじ登る――実際にじ登っていたのはあたしで、四方月さんは軽く跳んでいたけど。


「まんま駅の造り、って感じだな」


 ホームに備え付けられた掲示板には聞いたことの無いような駅名が記載され、時刻表や停車駅の案内板などは朽ちて情報を得られなかった。

 伽藍がらんとしたホーム上には、やはりあたしたち以外に人影は無いし、勿論あたしたち以外に活動する生命も存在しない。

 これだけ朽ちて人の手から離れていれば、ネズミなんかが巣食っててもおかしくないとあたしは思ったけど、その辺りもここが管理された空間生きた世界放棄された空間死んだ世界かを判断できるポイントだと四方月さんは言う。


「エスカレーターも動いてないな」


 メトロ有楽町線の市ヶ谷駅よろしく、ホーム中央には二階層分は突き抜けていそうな長いエスカレーターが存在している。

 やっぱり放棄された空間死んだ世界ではこういう動力を必要とするものも動いてなどいない。


 あたしは鞄からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、先ほどから埃を吸って気持ち悪い喉に流し込んだ。じっとりと汗を掻いていた暑さもあって、ミネラルウォーターは常温にぬくまっていたけれど気持ちいい溜め息を吐けた。


「え、有んなら俺にもくれよ」

「は?JKが口付けたもん欲しがるとか在り得ない」

「違ぇよ!本気で喉渇いてんだっての!」


 たっぷりとジト目で睨み付けてから、キャップを力強く締めたペットボトルを投げて渡す。

 あたしのコントロールの悪さで変なところに飛んだボトルを掴み損ねた四方月さんは、項垂れながらあたしを睨み返した。


「……さんきゅ」

「心こもってない」

「うるせぇ」


 あたしのさっきの言葉を気にしてか、器用にも口をつけないように飲む四方月さんは、一息で結構な量を飲んであたしに投げ返す。

 それを胸の前でキャッチしたあたしは、「飲みすぎだろ」と独り言ちて、それを再び鞄の中に仕舞いこんだ。

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