Track.1-9「JKが口付けたもん欲しがるとか在り得ない」
金属球が照らす中、四方月さんは周囲――特に、灯りで照らせない闇の向こう側と天井の気配や動き――を警戒しながら歩いている。
先導され、あたしもその背中に従い歩を進める。そのあたしの背に追随するのが、
何というか、先頭を金属球が、四方月さんが二番目で、あたしが三番目、最後をこの蜂鳥が並んで歩いている姿は、傍から見るとドラクエ的だなぁと、状況にそぐわないことをつい考えついてしまう。
「異世界とは、魔女が魔術を用いて創り上げたそいつの理想郷だ。その世界ではそいつの願いが成就され、その世界にいる限り魔女は永遠に生きられるし、やりたい放題何でも出来る」
ただし、創り上げた世界は魔術で編まれている以上、
大きく変動の激しい異界には、他の世界に流れる“
「でもって、外界からの
揚々と語る四方月さんの顔はどこか得意げで、この人すごい大人なのにすごく子供っぽいなぁ、なんてあたしは思ってしまう。
「ただし管理者である魔女がすでにいないか、もしくは管理・運営を放棄された異界では、在り得る」
それを、魔術士の業界では
「創った人がいなくなっても、その世界は続くの?」
あたしが尋ねると、四方月さんは得意げに鼻を鳴らして答える。
「生産者が死んでも、野菜は食えるし車だって動く。魔術だって、行使者が死んでも効力を維持し続けるものは多々あるさ」
言われてみれば確かにそうだと頷ける。創り上げた人がいなくなっても失われず残るものの方が、世界にはよっぽどありふれていて、そして溢れている。
「管理・運営を放棄した、っていうのはどういうこと?」
「創り上げた異界が大きくなりすぎて、要らない部分を切り離すんだ。異界は大きいとそれだけ
「ふぅん……」
そうやって時折休憩を挟みながら小一時間ほど歩いただろうか、ぼんやりと薄明かりが遠く向こうに見えてくる。
魔術で視覚を拡張した四方月さんが注視したところによると、どうやら本当にホームらしい。
「結構遠かったな。都内の駅とかだと、片道三十分も歩けば隣駅に着くことってよくあるけど……」
「ってことは、都内を模した駅じゃないってこと?」
「さぁな。そればっかりは魔女に会って聞かないことには判らないさ。まぁ、会わないに越したことは無いんだけど」
トンネル内よりはマシな照明のもと、あたしたちは
「まんま駅の造り、って感じだな」
ホームに備え付けられた掲示板には聞いたことの無いような駅名が記載され、時刻表や停車駅の案内板などは朽ちて情報を得られなかった。
これだけ朽ちて人の手から離れていれば、ネズミなんかが巣食っててもおかしくないとあたしは思ったけど、その辺りもここが
「エスカレーターも動いてないな」
メトロ有楽町線の市ヶ谷駅よろしく、ホーム中央には二階層分は突き抜けていそうな長いエスカレーターが存在している。
やっぱり
あたしは鞄からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、先ほどから埃を吸って気持ち悪い喉に流し込んだ。じっとりと汗を掻いていた暑さもあって、ミネラルウォーターは常温に
「え、有んなら俺にもくれよ」
「は?JKが口付けたもん欲しがるとか在り得ない」
「違ぇよ!本気で喉渇いてんだっての!」
たっぷりとジト目で睨み付けてから、キャップを力強く締めたペットボトルを投げて渡す。
あたしのコントロールの悪さで変なところに飛んだボトルを掴み損ねた四方月さんは、項垂れながらあたしを睨み返した。
「……さんきゅ」
「心こもってない」
「うるせぇ」
あたしのさっきの言葉を気にしてか、器用にも口をつけないように飲む四方月さんは、一息で結構な量を飲んであたしに投げ返す。
それを胸の前でキャッチしたあたしは、「飲みすぎだろ」と独り言ちて、それを再び鞄の中に仕舞いこんだ。
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