Track.1-8「お前、さてはいいやつだろ」

 着地の際に舞い上がったしっとりとした砂埃に芽衣が顔をしかめさせた時。

 航は、その顔を見て改めてその少女を“可憐だ”と評価した。


 自身が用意した円筒状の機械――通信基地局と、航が所有する兵装の認証・登録機器と、周囲の霊銀ミスリルの干渉率緩和機構と、その他いくつかの機能が合わさった航曰く“最高傑作”――が放つ、清廉な灯りに照らされて。


 おそらく自分で用意したのだろう、比較的大きな瓦礫を積み重ねて作った即席の椅子に腰掛け、通信できないスマートフォンからイヤホンを伸ばし、片耳だけで音楽を聴いている少女の佇まいは、ただそこにいるだけなのに咲き誇る一輪挿しのように凛としていた。


 胸元まで伸びた黒髪は控えめに評しても烏の濡れ羽だ。長すぎる前髪に少し隠れてしまっている顔立ちも、それぞれのパーツもその位置も整っており――特に、目だ。目が、強い。

 やや吊り上がり気味な目は、つぶらで大きい。自信ありげな睫毛がそれを取り囲み、彼女の意思を強く語る双眸はまるで玉座にどしりと構える支配者だ。


 しかしそれ故に残念なのが、目の下に出来た薄いくまと、そして仏頂面だ。

 嫌味たらしく「おかえり」と告げた後、いそいそとイヤホンを取り外して鞄に片付ける仕草を見つめながら、航は周囲の状況を確認しながら芽衣に報告する。


「電車内はダメだった。四両目から向こうが進めそうにない。生存者もゼロ」


 芽衣はそう告げる航をじっと見つめる。


「ん、何?」

「え?あ、別に」


 立ち上がり、抱いていた鞄を背負い、スカートの尻部分をパンパンと手ではたく芽衣。

 航は自身の固有座標域を展開すると新たに野球ボールのような金属の機械を取り出した。


「何それ」

「灯りだよ。“起動ブート”」


 金属球は表面に白い光を点して浮かび上がり、二人の間を行ったり来たりしながら、凡そ周囲の半径5メートル程度を照らしている。

 もとよりトンネルの壁面には電灯も備わってはいるが、その殆どが明滅を繰り返したり、点かなかったりと使い物にならない。


「ドラえもんって言われたことない?」

「は?……ぇよ」


 その利便性に感嘆した芽衣の素っ頓狂な言葉に溜め息を吐くも、航は何となく口角が上がっている自分の表情に気付き、慌てて咳払いをする。


「一応、ここが地下鉄を模した世界なら、電車とは反対そっち側に進んでもやがてホームがあると思う」

「思う?」

「ああ、あくまで予想だ――この異界が、どういう目的で作られたか知らないが、ここまで現実の地下鉄を模してるんだ、ホームぐらいあるだろう」


 ただ、と一言置いて航は、灯りの届かない暗闇の向こう側を凝視する、目の前の小さな少女に視線を落とす。


「ただ――ここはおそらく放棄された空間死んだ世界だ。ホームが無い可能性もある」

放棄された空間死んだ世界?」

「ああ――異世界についてはどこまで知ってる?」

「全然知らない」


 首を傾げる芽衣に、航は「だろうな」と独り言ちた。


「とりあえず歩こう。向かいがてら話してやるよ」

「歩こう、って……アレはどうすんの?」


 そう言って芽衣は、航が最高傑作と呼ぶ円筒状の機械を指した。

 ひとつ頷き、航は「それはそこに置いて行く」と告げる。


「それはマーカーでもある。俺たちがこの異界から生還した後で、うちの会社の連中が再度この異界に接続できるようにだ」

「何で?」

「ほら――」


 振り返り、航はひしゃげた電車を顎で指した。


「異界の出口から俺たちは出られるが、アレは流石に持っていけない。でも、出来るだけ遺族の元に連れて帰りたいだろ?」


 目元を細めながらおそらく電車の中の情景を見つめる航を見上げ、そして芽衣は同じように電車を見つめる。


「……何人くらいいたの?」

「いちいち数えて無ぇよ。たぶん百人くらいじゃねぇか?」

「……そっか」


 何か思案した後で、芽衣は両手を合わせて黙祷を捧げた。

 その様子を見下ろした航も、それに倣って手を合わせて黙祷を捧げる。


「――お前、さてはいいやつだろ」

「は?」


 目を瞑り合掌しながら航が告げると、芽衣は一人ニヤつく航を怪訝な顔で見上げ、半歩分距離を取った。

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