Track.1-4「あいつは一体何がしたかったんだ?」
くそったれ。
ああくそったれ。
くそったれ。
どちくしょうめが。
こんちきしょうが。
――こうやって情緒もへったくれもない短歌を詠めるほど、こういう時の男というものは冷静になれる。
あれが“蹴り上げ”だったならこうはいかなかっただろう。昇天間際に辞世の句も詠んだかもしれない。
“蹴り込んで”くれたおかげでどうにか恥骨を強打した程度で助かった感じだ。
俺が苦悶に身悶えしている間に少女は走り去ってしまった。さすがに立ち上がって追いかけるには痛みが勝りすぎたし、魔術を行使しようにも直前に怒りに任せてドデカいのをぶっ放したためとてもそんな余裕も無かった。
「くっそ――っ」
未だに悲鳴をあげる股間をどうにか無視しながら、インカムで支部に連絡を取る。
しかし収穫はあったのだ。完全に避け切ったと思っていたあの羽虫による攻撃を、僅かばかり受けていたらしい。
一度支部に戻り、解析を頼むとしよう――手合いが行使した術がどのようなものかを知ることが出来れば、次の手も打ちやすい。
「――ふっ!」
立ち上がり、魔術でぶっ飛ばしたゴリマッチョ兄貴に歩み寄る。
これは、うん、アレだ。
一応、
そもそも、魔術士が関与している時点で、
「……一応、緊急通報だけしとくか」
「――ん?」
そうしてゴリマッチョから数歩離れたところで、車道の真ん中で街灯に照らされる異物を発見する。
黒い革のパスケース。透明なビニール面から覗くのは――
「学生証か」
先ほど俺の股間をぶち蹴ってくれた少女の仏頂面がそこにはあり。
当然のごとく、その横には学校名と、少女の姓名と思われる印字がされてある。
「
左肩の痛みと身体中のだるさで今するべきでない追憶を打ち切る。
そして俺はそのパスケースをポケットに仕舞い、インカムで支部に連絡する。
『クローマーク中央支部です』
「悪い、面倒ごとが増えた」
『またですかぁ?本当、お疲れ様です……』
「今からそっち向かう。魔術による攻撃を受けたかも知れん、解析の準備しといてくれ」
『了解しました』
「あと、
『マジで何やらかしたんですか、もぉ~――』
◆
川越街道は板橋中央陸橋交差点を左折した黒いワゴン車は、東武東上線のアンダーパスを通過しそのまま走り続ける。
路面の補修工事が進む真昼の環状七号線、所々にあるアスファルトの継ぎ目の段差を踏み付けるたびに重厚な車体が僅かに跳ね上がる。
数分と経たずに、巨大なふたつの陸橋が立体的に交差する板橋本町交差点に差し掛かったワゴン車は、その車体を仄かに傾げながら変わらない速度で右折、中山道へと進入した。
『解析結果出ましたよ』
右耳の無線式インカムから聞こえてくる同僚のうんざりした声を聞きながら、民間魔術会社クローマークの魔術士、
「悪いな、徹夜させて」
『本当ですよ。これは相応のものを奢っていただく他にありませんね』
「おーけぃ、おーけぃ。焼肉でいいか?」
『店選びますよ?』
魔術と異術は、その根本からして異なる。
航が受けたのが何らかの魔術であったなら、解析の作業も徹夜になることは無かっただろう。
魔術とは、その殆どがすでに解析されてしまっているからだ。
“
それを集積し、解析を重ね、新たに体系化したのが“
異術はその成立からして大きく異なる。
言わば異術とは、“
だからこそ二人として同じ異術を行使しうる異術士はおらず――汎用性に富む魔術に比べそれは独自性に溢れ、だからこそ解析は滞りがちなのだ。
「で、解析結果はどうだった?」
待ちきれない口調で言葉を早めると、インカムの向こう側の同僚はひとつ咳ばらいをして、おそらく手に持っているだろう
『つまり、一種の精神汚染です。特定の感情――この場合は、ヨモさんの“怒り”を増幅させた、という感じです』
「怒り――ねぇ」
航には思い当たる節があった。
いくら咄嗟の行動とは言え、
しかし腑に落ちない、合点がいかない。
「だとすると、あいつは一体何がしたかったんだ?」
『え?』
相手を怒らせるだけの術など、何のメリットがあるというのだろうか。もしくは、増幅させる感情の種類を選択できるとか、増幅させる感情の対象を制御できるとかなら、色々と使い勝手がいいのかもしれないと、航は思考を脳に浮かべる儘にそれを口に出していた。
『ヨモさん、また声出てますよ』
「ん、お?ああ、悪い悪い」
それは航の癖だった。思考を脳内で完結させず、言語化してアウトプットしたのち、それを自身の聴覚でもって再インプットする。その癖は航の頭の回転を事実早めており、それを実感した航はもはやその癖を隠したり恥じたりすることは無かった。
『でも感情や対象は選べないっぽいですね。そういう術式は刻まれていませんでしたよ。それどころか、怒りの対象は術の行使者に固定されるみたいです』
再び航は思案し、その過程を言葉に紡ぐ。
相手を怒らせ、そして自身が標的になる。
思案はまとまらぬまま、航が運転する車はやがて千代田区にある中高一貫のお嬢様学校“星百合学園”へと到着する。
持ち前の空間認識能力を駐車場で発揮した後、運転席のドアを閉めた四方月はスマートフォンで時刻を確認する――午後二時三十九分。
「適当にブラつくか……」
歴史ある学舎を見上げながら航は誰にともなく呟いた。
(そーいや、昼飯食ってなかったな……この辺だと何があるんだ?)
思考を切り替えてスマートフォンで検索しようとした最中。画面が着信を知らせるものに切り替わり、同時に右耳のインカムからは
表示されているのは――今朝がた
「はい、四方月です」
『あ、四方月さんですか?お世話になっております、
そして航は頭を抱える。
電話の内容とは、今日の放課後会う予定でいた、
もとよりこの森瀬芽衣という生徒は学校を休みがちだったが、最近は比較的出席しており、しかし今日は朝から貧血気味だったと。
そして昼休みに体調不良を訴え保健室で休んだのち、大事を取って早退することにしたのだと。
(今しがた帰路に就いたのならこの辺りを探せば接触できないことも無いか……?)
航は一通り思考を巡らせた後、自身がまだ学園に到着しておらず、ひとまず向かっている最中なので到着したら学生証を返却すると伝え、通話を打ち切った。
『クローマーク中央支部です』
「悪い、予定が変わった。あと、報告書増えそうだ」
『今度は何ですかもぉ~!』
「対象、森瀬芽衣が学校を早退した。タイミング的に今から全力で探せば間に合いそうだ。対象との接触を優先させる」
『解りましたよ、“
「悪いな、店のランク一個上げといてくれ」
支部との通話を切り、両手首の術具に意識を通わせる。
呼吸により体内を巡る“
右手はポケットから取り出した、森瀬芽衣のパスケースを握り。
左手は親指と中指とを合わせ、力強く弾く。
バヂンッ――音が響き、大気中を舞う“
「“
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