Track.1-2「推定異術士と会敵、魔術介入を執り行う」

 怪しげな謳い文句のピンク看板やらどこの国籍かも判別できない東南アジア人風女性の声かけやらくたびれたサラリーマンとはしゃぎすぎる若者とが混雑した集団やらの中から、いきなり推定JCとラリッた兄貴が特急列車キャノンボールよろしく飛び出してくるなんて普通思わないだろ?


 あ。兄貴っていうのは別に俺の兄貴、って意味じゃないぞ?ゴリマッチョのヤンキー通り越してそろそろヤクザ下っ端染まりかけの人物を単にそう称しただけで。


 んでさ。

 その推定JCが腕から血を流しているとか、ゴリマッチョ兄貴が「殺す」とか「犯す」とか「ぶっ壊す」とか叫びながら追いかけてるとか、どっからどー見ても異常だろ?


 どう“”ても――魔術によって変貌させられている。


「術の系統がよく分からんな……」


 ぼやきながら少女を追いかける男の背中を目指して走る。

 周囲の人間が驚くだけで別段関わろうとしないのは、普段から変人がちらほらしている池袋という街の性質だろうか。


「ごろっづっっ、ごろづぅぅぅうううう!!!」


 かなりの速度で奔走する男、しかし少女は捕まらない。

 街中を最短距離で走るのではなく、ガードレールを飛び越えたり、道路標識のポールを蹴り跳ねたり、うまく人ごみの中をすり抜けたりして縦横無尽の機動力を見せている――これは、所謂“パルクール”と呼ばれる走法だ。

 明らかにぶっトんでいる男は合理的にガードレールを飛び越えることは出来ないし、人垣を突き飛ばしたりしてその立体的な機動にわずかに遅れてしまう。その遅れが、直線で走ればものの数秒で捕まるだろう二人の走力の差を見事に埋まらせずにいる。


「あの嬢ちゃん、慣れてんな……」


 選択する走行ルートから、おそらく少女はこの街を走り尽くしているだろうことを予測する。

 理由や目的は知れないが、あの少女が、何らかの術でもって男をトばしたと見ていいのかもしれない。

 すると、少女の左腕から流れる血は、少女が行使しただろう“術”の媒介……?


「ってーか、アレ、術具介してなかったりする?」


 “眼識”を凝らして遠く前を走る少女を視ても、術具を装備しているかどうかまでは判別できない。


「だとしたら魔術士じゃなくて“異術士”か――こりゃあまずいな」


 現代の魔術士は、原則として術具を介さない魔術の行使を禁止されている。

 と、言うよりも。

 ほぼ全ての魔術士は、術具を介さずに魔術を行使することは出来ない。いや、そうできないように調整されているのだ。


 術具を介して魔術を行使することを基本原則スタンダードにすることで、魔術士が現代の法に適応できるようにしている、と言い換えてもいい。

 一部の業界では術具を介しての魔術行使を許可制にしていることで魔術の濫用を防いでいるし、そうでなくとも術具の行使履歴ログは後から閲覧・確認できるようになっているため、魔術に関連する事案が発生したとしてもすぐに対応できる。

 これは、“魔術学会スコラ”が取り決めた鉄の掟であり、犯せば破門は免れない。正直、魔術が使えなくなった魔術士なんて社会のクズと何ら変わりない。


 しかし“異術士”は違う。彼らは、術具として機能する独自の生体器官を有している。その代わり、魔術を行使するために必要な“霊基配列”の殆どが凝固していまっているため、通常の術具を介して行使する魔術を使うことは出来ない。

 つまり“異術士”の行使する魔術――これを“異術”と称する――というのは、誰かの許可が必要なわけでもなく、そして術具を介しないために行使履歴ログを漁ることも出来ない、実に犯罪者向けのものだ。

 ただし、“異術士”は魔術士ほど多くのことができるわけではない。

 “霊基配列”が凝固しているために、大体がひとつ、多くても二つから三つ程度の術式を操れるに過ぎない。


 すべての異術士が犯罪者ではない。

 “学会スコラ”に登録をし認定されれば、幾許いくばくかの義務と引き換えに社会的な免罪符を得ることもできる。

 事実、実にユニークな異術は有用なものも少なくない。


 しかし、魔術士による犯罪で異術士が関わっているものは比較的多い。

 だから異術士イコール犯罪者、という偏見が社会には根付いている。


 そして、あの少女はおそらく学会スコラに所属や登録している異術士では無いだろう。


 学会スコラが魔術士に説く鉄の掟には、“魔術士による罪は、魔術士によって断ぜよ”というものもあるし、それを看過することについても是非が問われる。

 割と、監視されているのも魔術士の宿命だ。


「あー、面倒臭めんどくさっ……」


 ぼやいてオレは、地面を蹴る脚の力を強めた。

 大通りから離れて走る二人が、裏路地を抜けて人気のまばらな住宅街に突入したからだ。

 傍目には人の目は少ないが、こういう住宅街こそ何かが起こると尾鰭おひれの付きまくった要らん情報が錯綜するのだ。


 走りがてら、両の手首に装着した腕時計のような術具に意識を通わせる。

 同時に、右耳につけていた無線式インカムを起動させて通話を開始する。


『クローマーク中央支部です』

「オレだ。推定異術士と会敵、魔術介入を執り行う」

『了解しました。ご武運を』


 こちとら非番だってのに――これも、魔術士の宿命だ。

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