最終話 初恋の人

 謀反を企図したという重罪であり、また、ジョ・ハクと皇后のジョ・スイがなかなか自白をしなかった事から、事件の判決には長い時間を要した。

 結局、ジョ家はすべての家禄を取り上げられ、側室三名を殺害したジョ・スイは廃妃のうえ賜薬、謀反を企てたジョ・ハクは極刑となった。自ら投降し、罪を認めたジョ・リョクは、情状酌量され、官位剥奪のうえ、都を追放される事となった。

 父と妹を犠牲にしてしまったリョクの心情はいかばかりかと、レンは胸が苦しくて仕方がなかった。

 リョクは釈放され、都を出る事となった。出発前に、ケイはレンにリョクと話す時間を与えてくれた。

 刑部の一室で、リョクとレンはテーブルを挟み、向かい合わせで椅子に座った。

 リョクは、質素な服ではあるが身なりを整え、怪我も治り、牢にいた時と比べ、だいぶ元気そうに見えた。

「体の具合はどうだ?」

 レンはリョクに尋ねた。

「元気だよ。怪我も良くなった」

「そうか。それなら、良かった。これから、どうするつもりなんだ?」

「とりあえず、住む場所を見つけて、それで仕事も探さないとと思ってる。実は……。夢があるんだ」

「夢?」

「うん。いつになるかは分からないけど、塾を開きたいと思ってるんだ」

「塾か」

「うん。官吏登用試験の受験生に講義をしたり、子どもたちに教えるのもいいかもしれない。生徒が付くかどうかは分からないけど」

「リョクなら大丈夫だよ。講師、向いてると思う。きっと、教えて欲しいって人がいっぱいいるよ」

「そうかな?」

「ああ。開けるといいな」

「ありがとう。住む場所が決まって落ち着いたら、文を送るよ」

 レンは、これでリョクと永劫の別れにはならないのだと思うとほっとした。

「ああ。待ってる」

「レンは、まだ都省で働いてるんだな」

「ああ」

「陛下はレンとの事をどうするつもりなんだ?」

「公表するって言ってた」

「そうか。それじゃ、今までみたいには働けなくなるな」

「ああ。俺もそれが残念で……」

「レンほどの人材はもったいないとは思うけど……。でも、陛下といられるなら、それでもいいって思えるんだろう?」

 レンは顔を赤らめた。

「そうだな」

 リョクが優しくほほ笑んだ。

「良かった。ちゃんとレンが幸せそうで」

「全部リョクのおかげだよ。ありがとう」

「私は何もしていない。むしろ邪魔してたぐらいだ」

「邪魔だなんて、そんな」

「私は陛下の恋敵だったから」

「それは……。本当にごめん」

 リョクの気持ちに応えられなかった事を、レンは申し訳なく思った。

「謝る必要はない。私はレンの事を好きになれて本当に良かった。そうじゃなかったら、今の私はいなかった。ありがとう」

「こっちこそ、リョクには感謝ばかりだ。いつも助けてくれて、俺の事を想ってくれて、本当にありがとう」

 自分の気持ちではなく、レンの幸せを優先してくれたリョクの深い愛に、レンは感謝の気持ちでいっぱいだった。

「絶対に幸せになってくれ」

「ああ。リョクも」

 二人は見つめ合い、笑みを交わした。

 こうして、リョクは宮廷を去って行った。

 レンはリョクの姿が見えなくなるまで、リョクの後ろ姿を見送った。

 レンは、都省に戻ろうと、後ろを振り返った。すると、そこにケイが立っていたから、レンは驚いて声を上げた。

「ケイ? いつからそこにいたんだ?」

「ジョ・リョクとはちゃんと話できた?」

「ああ。できたよ。ありがとう」

「これでもう、心配事はないな?」

「ああ」

 レンが答えると同時に、ケイがレンに抱きついてきた。ここは宮廷の一画で、誰に見られるかも分からない場所だ。

「ちょっと、ケイ」

 レンはケイを引き離した。すると、ケイがむっとした表情を浮かべた。

「レンはいつも冷たいな。本当に私の事が好きなのか?」

「好きだよ! だけど、人目につく場所でいきなり抱きつくとかまずいだろ?」

 レンは辺りを見回した。幸い、近くには誰もいないようだ。

「大丈夫。そのうちみんなこれが普通になるから」

「公表されたとしても、人前では恥ずかしいんだけど」

「いいじゃないか。それより、約束は覚えてるよね?」

 レンはドキリとして、顔を赤らめた。

「覚えてるよ」

 ケイがレンに耳打ちした。

「今夜、私の寝所に呼ぶから準備をしておいて」

「!」

 レンは、全身の血が沸騰しそうだった。

「後で人をよこすから」

「あ、ああ……」

 レンの声は上ずった。その様子を見て、ケイが笑った。

「かわいいなあ」

「…………」

「じゃあ、後でね」

 ケイはそう言って、楽しそうに身をひるがえし、歩いて行った。

 レンはその後ろ姿を見送りながら、

「ケイの方がよっぽどかわいいよ」と呟き、笑みをもらした。そして、ケイに向かい、

「ケイ!」と呼びかけた。

 ケイが立ち止まってこちらを振り返った。

 レンは、

「好きだ」と、これまでの想いをすべて込めて言った。

 すると、ケイが感極まった様子で表情を崩した。そして、レンの元に駆け戻って来ると、レンを抱きしめた。

 今度は、レンも拒まずに、ケイの背中に手を回し、ケイを抱きしめ返した。

 ケイがレンを見つめ、レンもケイを見つめ返す。そうして二人は、どちらからともなく顔を近付け、唇を重ねた。

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幻の初恋 色葉ひたち @h-iroha

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