第24話 面会

 ジョ一家の取り調べが始まった。

 リョクは包み隠さず真実を話しているから、拷問を受けたりはしていないようだが、毎日尋問をされるのは辛いだろうとレンは思った。

 ケイがそのうちに会わせると言ったから我慢をしていたが、日が経つにつれて、リョクの事が心配でたまらなくなってきた。

 夜、部屋にやってきたケイにレンは切り出した。

「少しでいいから、リョクに会わせてくれないか?」

 ケイは少し寂しそうな目でレンを見つめた。

「そんなに、会いたいのか?」

「ああ。どうしてるか心配で、耐えられない」

 ケイは悩むそぶりを見せたが、

「分かった」と答えた。

 レンは顔を輝かせた。

「本当に?」

「ああ。その代わり……」

「?」

 ケイがレンの手をつかんで寝台の方へ引っ張って行った。

 レンは慌てて、

「待って。俺を、その、……好きにするのはリョクを助けてからじゃないのか?」と言った。

 ケイは、レンの両肩をつかんで寝台に座らせ、自らもその隣に座った。

「そうだ。だから、レンからしてよ」

「え?」

「レンから口づけしてくれたら、ジョ・リョクと会わせる」

「ええ⁈」

 レンはどぎまぎした。そういえば、ケイとの口づけはいつも受け身で、自分からした事はなかった。

「どうする?」

 上目遣いで尋ねてくるケイに、レンの鼓動が速くなった。

 レンは恥ずかしくて、ケイから目を逸らしつつ、

「分かった」と答えた。

 レンとケイは向き合った。ケイは目を閉じてじっとしている。

 レンはケイに顔を近づけると、自らの唇をケイの唇に重ねた。久しぶりのケイの唇の感触に、レンの胸が高鳴っていく。レンは、少しずつ角度を変えながら、徐々に舌をケイの唇の間から滑り込ませた。レンがケイの方に身を乗り出し、口づけをさらに深めると、ケイもそれに応えてきた。

 かなり長い時間、二人は夢中で口づけを交わし、やっと離れた。

 ケイが真剣な目でレンを見つめている。レンがその表情に見とれていると、ケイがレンの両腕をつかみ、レンをそのまま寝台に押し倒した。

 ケイは興奮した様子で、

「もういいだろう? 本当はレンだってしたいんだろう?」と言った。

 ケイの言うとおりだった。レンは、本当はこれ以上の事をケイとしたい。しかし、リョクを確実に助けるための切り札は残しておきたかった。

「ダメだ。約束だろ?」

 レンが断ると、ケイが落胆した様子でため息をつき、体を起こした。

 レンも起き上がって、

「これでリョクに会わせてくれるよな?」と尋ねた。

 それを聞いたケイは、目を見開いて唖然とし、それから不貞腐れたような表情を浮かべて、

「レンはひどいな」と言った。

 そして、再びため息をつき、

「分かったよ。明日、準備ができたら呼びに来させるから、待ってて」と答えた。

 翌日の夜、部屋にシュ・コウがやってきた。レンはコウに導かれて、刑部に向かった。刑部の一画に牢獄がある。建物の中に入ると、あちこちに見張りの兵士がいて、コウに頭を下げた。

 廊下の両脇に、木製の格子状の檻が並んでいる。二人は廊下を歩いて行き、一つの牢の前で止まった。

 その牢の中にリョクが座っていた。粗末な服を着せられ、額や手首に包帯が巻かれている。顔色が悪く、やつれて見えた。

「リョク!」

 レンは格子をつかんで、中のリョクに呼びかけた。

 リョクが顔を上げ、驚いた様子で、

「レン!」と、レンの方に近づいてきた。

 レンはリョクの体をを見回した。

「怪我してるのか? 拷問されたのか?」

「いや。ここへ連れて来られる途中で、都の人たちから石を投げられて……」

 レンは胸が痛んだ。きっとこれでも回復してしてきたのだろう。

《そうか。だからケイは俺にリョクを会わせなかったんだ》

 ケイがすぐにリョクに会わせようとしなかった理由を、レンはようやく理解した。レンが市中に出ていたら巻き込まれていただろうし、傷ついたリョクを見ればレンが心を痛めると思ったのだろう。

「まだ痛むのか?」

「もうだいぶ癒えたから大丈夫だ」

「絶対にここから出られるから、どうかそれまで辛抱してくれ」

「こんな姿を見せてしまってすまない……。レンには、こんな姿を見せたくなかったけど」

 レンは首を振った。

「どうして謝るんだ。リョクは何も悪くないのに。それに、リョクがどんな姿でも、俺がリョクを尊敬している事に変わりはない」

 リョクが微笑んだ。

「ありがとう。レンがそう思ってくれるなら、救われるよ。ここへ来るために無理はしなかった?」

「大丈夫。無理なんてしてない」

「陛下にはちゃんと許してもらえた?」

 こんな状況でもレンの事を心配してくれるリョクに、レンは涙が出そうになった。

「大丈夫。俺の事は何も心配いらない」

「そうか。それならよかった」

「絶対出られるから、信じてそれまで耐えてくれ」

 すると、リョクが目を伏せた。

「レン。私はたとえこのまま罪人として死ぬ事になったとしても、悔いはないんだ」

 リョクの口から出た死という言葉に、レンは青ざめた。

「何言ってるんだ! たとえでも、そんな事言うなよ」

「悔いがあるとすれば、もっと早くに父や妹を止める勇気があれば良かったな……。私は今まで、家のために色々な事を見ないふりしてきた。そのツケが回ってきたんだ。父と妹は、私の事を決して許さないだろう。私はもう、ジョ家に戻る事はできない。それでも、黙ったまま、正義に背いていた頃よりも、今の方がずっと心が軽くて、幸せなんだ。さっき、レンは私を尊敬していると言ってくれたけど、私は尊敬できるような人間じゃなかった。だけど今、やっと、胸を張っていられる気がする」

「リョク……」

「だから、もし万が一私に何かあっても、レンは心を痛める事はない。私は後悔していないし、私の心には、もう曇りがないのだから」

「いや、万が一なんて事は絶対にない。俺が何が何でも、命をかけてでも助けてやる」

「私は、レンが私のために命をかけてくれても、うれしくはないよ。それより、レンには幸せになって欲しい。だから、今もこうしてこんな所にいないで、早く陛下の所へ帰って欲しい」

「リョク……」

 リョクが表情を明るくした。

「私が暗い話をしたからいけないのだな。ごめん。ここから出られたら、今までとは違う生き方をしたいと思ってる。何にも縛らずに、自分の信じるとおりに生きるんだ。自分が正しいと思う事を、したいと思う事を心のままにしていきたい。それで、いつかまたどこかで、レンと学問の話をしながら食事ができたらいいな」

「ああ。絶対にできるよ。俺もまた、リョクと楽しい話をしたい」

「うん。だから、今日は帰ってくれ。すべてが落ち着いたら、ゆっくり話をしよう」

「分かった」

 レンは頷いた。

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