夫婦なんだから!

「…あの…ごめんなさい」

 ひっくり返って、すすり泣いている亀の前で罪悪感からか所在なさげにしょんぼりしている凛はなんだかかわいそうだったが、仕方のないことだ。


 凛の考えでは、怪人である巨大な亀がこれ以上暴れて被害を拡大させるのを事前に防ぐために怪人を空高く放り投げ、ひっくり返して大人しくさせておきながら説得を試みようと言う魂胆だったようだが、肝心の亀は、そもそも既に暴れる気は無く、高所恐怖症だったにも関わらず突然宙を舞うこととなり、先ほど凛にひとしきり泣きながら文句を言って、徐々に落ち着きを取り戻し始めている状態だ。


「…いえ、元はと言えば私が暴れたのがいけなかったんです…。さっきはびっくりして文句を言ってばかりで、こちらこそごめんなさい」

 ひっくり返りながらも、丁寧な口調で、咲さんは凛を気遣えるほどまで冷静になってきている。

 もう、いつでも怪人から元に戻ることができるだろう。


「私もちょっと調子に乗ってて…ごめんなさい。変身するとなんだか無性に暴れたくなっちゃって…」

 照れ笑いを浮かべながら、魔法少女としてあるまじき発言をしている凛にもう違和感を覚えることもなくなり、慣れってこわいなーなんて思いました。


「…ふふ、私も少しわかります。この姿になったらなんでもできる気がして、普段の鬱憤を手当たり次第ものを壊すことで発散しちゃいましたもん」

 そう口にしてからハッとしたように辺りを見回し、目を伏せ、悲しそうに呟く。

「…でも、こんなことをしてもなんの解決にもならないですね…。ただ悪戯に周囲の人たちを困らせただけだ…」


 凛はそんな悲しそうな亀の頭を優しく撫で、そっと全てを包み込むような優しい声で僕の理想とする魔法少女としての姿を表す。

「壊れた物は私たちが治すから大丈夫。それに、何も解決してないわけじゃないよ!」

「でも…」

「だって咲さんは暴れたおかげでスッキリして、今では普通にお話しすることができるんだもん! たしかに少しやりすぎた感じは否めないけど…、でも咲さんの心が少しでも軽くなったなら、迷惑なことだけだったわけじゃないよ!」

「…そうなのかな…?」

「そうだよ! それに本当に悪いのはあなたを怪人に仕立て上げた奴らなんだから!」

「うぅ、ありがとう。でもやっぱりみんなに申し訳ないな…せっかく公園で楽しく遊んでたのに…」

「しつけぇーな、おいっ! (申し訳ない気持ちがあれば大丈夫、後でみんなに謝ろう!)」

「凛…、言ってることと思ってることが逆になってるよ…」

「あ、大丈夫だよ、咲さん! みんなに後で一緒に謝ろう!」

「…えっ、あ、ありがとうございます! 魔法少女さん!」


 わずかばかりの問題発言はあったが、咲さんの心を完全に落ち着かせることができたようでよかった。


「とりあえずその姿のままだと疲れますよね? まずは浄化して、解放してから、これからのことゆっくり考えましょう!」

「これからのこと…?」

「そう! 咲さんが怪人になってしまうほど追い詰められた原因…それを解決しなくちゃ、もしかしたらまた同じことを繰り返してしまうかもしれない…」

「原因…。私と主人の問題ですね…」

「そうだね…。申し訳ないけど、勝手に記憶をのぞかせてもらったときに、私はもっと咲さんは自分の意見を言ったらいいのにって思ったよ?」

「でも、主人だって主人なりに頑張ってくれてて、私が文句を言って良いわけないよ…」

「言うのは文句じゃないよ…意見。咲さんはどう考えてて、どうして欲しいか、旦那さんはどう考えてて、そうしたのか。ちゃんと意見交換をしてお互いの認識を擦り合わせないと!」

「そんなことできるのかな…?私、自信ないです」

「大丈夫!だって夫婦なんだから!」


 そう言い切った凛は、指輪をコツンと亀の額に当てて呪文を唱える。

解放リベラシオン! 」


 この迷える女性が、旦那さんとうまくいくように祈りを込めながら…。



 =====


「あ、気がついた?」

 木漏れ日の下、目覚めた私が最初に見たのは、今日初めて会った新しいママ友会のメンバーの凛さんだった。

「えっ!? あれ? 私なんで寝てたんだろう?」

 彼女の柔らかい太腿の膝枕から、離れながら記憶を辿るが、トイレに行った後の記憶がない…。

「さぁ? わかんないけど、咲さん、疲れてたんじゃない?」

 そう言いながら凛さんはぐいっーと伸びをする。

「あ、ごめんなさい。凛さん、ありがとう。膝枕疲れたよね?」

「ん?ううん、気にしなくて良いよ! むしろ、咲さんこそ大丈夫? 結構うなされてたけど…」

「えっ! うそ!」

「うなされながら、イクメンとかなんと言ってたよ?」

「えー! そんな…」

 ほぼ初対面の人に、膝枕をしてもらった上に寝言を聞かれるなんて、何という失態だろうか…。恥ずかしい限りだ。

 きっとさっきの変な夢のせいだ!

 怪人になってしまった私を、魔法少女が救ってくれたという変な夢…。


 火照った頬をパタパタと両手で仰ぎながら、落ち着きを取り戻そうと頑張っていると、凛さんが少し心配そうにしている。大丈夫なことを伝えなくてはと、すこし無理に笑うと凛さんはちょっと悲しそうな顔をした。


「無理しなくていいんだよ?」

「えっ…? 別に無理なんかしてないよっ! ちょっと恥ずかしかったから…焦っちゃって…」

「そっちじゃなくて…」

「…?」

「なんか悩んでるなら素直に話したほうがいいよってことっ!」


 凛さんの言葉の真意がよくわからずに首を傾げていると、凛さんが手を差し伸べて、他のみんなのところに案内してくれた。


 そのあとは各家族ごとに解散して、それぞれの帰路についた。

 咲良はたくさん遊んだようで、車に揺られ始めると、すぐに眠ってしまった。

 運転しながら帰ってからやらなくてはならない頭の中に並べだし、その多さと面倒さにため息をつく。


 主人は家にいていろいろしてくれると言っていたが…きっと晩ご飯は咲良に食べられるものではないだろうから、咲良用にわたしが作らないといけないだろう。

 それに掃除をしてくれているだろうから、色々と必要なものが行方不明になっているはずだ。そのせいで、咲良が寝た後にどこに何があるか把握しなくてはいけない。

 洗濯物はきっと取り込んでいないだろうし、下手したら考えたことを何もしていないかもしれない。


 家の駐車場につく瞬間に、心を落ち着けて深呼吸。

 あまり期待せずに行こう…。

 それがわたしの合言葉だ。


 チャイルドシートから抱き上げても起きない咲良を抱えながら、玄関を開けようとすると、自然と中から扉が開かれた。

 エプロンをつけた主人がニコニコしながら、お帰りと迎えてくれたのだ。


 そんな姿にびっくりする。

 だって今までこんなことなかったから…。


 防犯のために鍵をかけておくのが当たり前とはいえ、遊び疲れた子供を抱えて運ぶのは大変だ。その状態で鍵を開けるのは一苦労。今まで一度も開けてもらえたことはなかったし、ましてや、鍵を開けておいてくれたことすらなかったのに…。


 状況がよくわからないまま、家に入り咲良を布団に下ろす。それでも起きないので、とりあえず、リビングへ向かうと主人が嬉しそうに、夕食の献立について話してくれた。

 今日はオムライスと野菜スープらしい。

 栄養バランスと咲良の好きな物を考えてのことらしい。


 それを聞いた瞬間に、よくわからないけど涙が出てきた。そんな私の周りでおろおろと主人が心配そうにしている。

「どうしたの? どっか痛い? 疲れた?」

「…違う…違うよ…うれしくて…ごめんね」

「ならよかった…なんかあったらなんでも言ってくれよな? 夫婦なんだから!」

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育児中に魔法少女!? タニオカ @moge-clock

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