もっと熱くなれよっ!

「さーきーさぁーん!」


 コツコツと甲羅を叩いたり、隙間を覗き込んで見たりと、色々やってはみたけれど、甲羅に閉じこもった亀さんは凛の呼びかけに全く応じず、ただ沈黙を守っていた。

「凛…どうするのー?」

 甲羅の上で香箱座りをしてくつろいでいる僕は、眼下でウロウロとしている凛を心配して尋ねる。かれこれ、もう10分以上こんな風景が繰り広げられている。


「うーん…どうしようかな…」

 凛は凛で格好良く「救ってみせる!」と豪語した割には作戦も何も無かったようで、時々考え込むように動きを止めるが、基本的に亀の周りをウロウロ、ソワソワと動き回っているだけで、落ち着きがない。


 流石にそろそろ、周囲と戦闘用のフィールドの間に張っている障壁を維持するのが厳しくなったきた。戦いが終わった後の修復用の魔力を温存するためには、あと5分程度しか保てないだろう…。


「凛!あと少ししか障壁もたないよー!早くなんとかしておくれよー!」


「チッ!わかったよ!なんとかしてみる!」


 …魔法少女が舌打ちを…。


 でも、タイムリミットが近いことを伝えたことで凛は、どうやら強硬手段に出るようで、亀の頭の位置まで移動して、中を覗き込むようにしてしゃがみこんだ。

 僕も甲羅からひらりと飛び降り、凛の脇におすわりして、同じように甲羅の中の暗闇を見つめる。

 光が届かない甲羅の中からは亀になった悩めるご婦人の小さな息遣いが微かに聞こえていた。時々、嗚咽のようなものが混じり、辺りには悲しげな雰囲気が広がっている。


 横にいる凛に目をやると、少し苦しそうな表情で、僕と同じ音を聞いていた。そして、しばしの間、目を瞑り、小さな溜息の後に暗闇の中に静かに語りかける。


「いつまで、そうやって殻に篭るつもり? 旦那さんはちゃんと言葉で伝えないとわかってくれないよ…? 」


 暗闇の中で何かが動く音がする。


「咲さんがそうやって心を殺して我慢していれば、いつか時間が解決してくれるとでも思ってる?」


 また反応があった。先ほどよりも大きく動いているようだ。


 凛は立ち上がり、甲羅にコツンと額を当て、ぎゅっと目を閉じて、今にも泣き出しそうな顔をしている。

「…そんなのダメだよ…。そんなんじゃ、咲良ちゃんも悲しいよ…」


 闇の中から呻き声が上がる。まるで凛の言葉に異議を唱えているようだ。


 凛はその反応を伺いながら、咲さんの返答を待っているようが、くぐもった声が響いてくるのみだった。


「…まだ出てこない…? ならもう好きなようにやらせてもらうよ?」


 その一言をいつもよりもすこし低めの声で暗闇に放ると、凛の目がヤンキーの喧嘩中のそれに変化する。

 もし僕があの目に睨まれたとしたら、財布やら何やら金目のものを全て投げ売り、命乞いをしてしまうことが容易に想像できた。


 …咲さん転々お気の毒に…。


 凛は額を甲羅から離すと、一歩下がり、手を縦に大きく広げ、甲羅に掴みかかった。

 巨大な甲羅は掴めるところも少ないからか、本来ならば、頭が出てくるであろう部分を塞ぐようにして甲羅の上と下をかろうじで掴んでいる。腕の長さがなんとかギリギリ足りているような感じだ。


 いったい何が起こるのだろうか…?


 そんな疑問は凛の唸り声がすぐに解決してくれた。


「…うぅごぉけぇー!!」


 どうやら凛は亀を持ち上げようとしているようで、足と腕に力を目一杯込め、プルプルと震えている。


「凛! 流石に大きすぎるよ! それに持ち上げてどうするのさっ!?」


 そう、この亀は大きい。もちろん重さもそれに対応して重いに決まっている。魔法少女に変身していて基本的な身体能力のパワーアップが施されているにもかかわらず、凛が1㎜も動かすことができていないのが、その証拠だ。このままでは凛の身体の方が心配だ…。


「凛! もう別の方法で…」

「チッ! うるせぇ! 黙って見てろっ!」


 魔法少女から本日2度目の舌打ちが繰り出された。

 凛は僕の心配を他所に、ぐんぐんと全身に魔力を纏い、自身を強化していく。


 これは魔装と言って、魔力をコントロールして服のように体に纏わせる事によって、己の身体能力のをアップさせたり、姿を消したりできるようになる技術のことだ。

 脚に魔力を集めれば、脚力が上がり、早く走ることや高く飛ぶことができるようになると言ったイメージだ。

 これが出来ないと、魔法少女はまともに戦うことはできない。


 通常、パートナーとなった魔獣からやり方のレクチャーを受けたりするのだが、仮契約である僕らの間では、ほとんど説明をしていなかった。そもそも、凛は説明せずとも、今までのヤンキー人生のおかげだろうか、本能的に戦いの基本をマスターしたようでカンガルーとの戦いの際に、微弱な魔装を行っていた。きっと無意識にしていたのだろう。


 しかし、今回は無尽蔵とも思われる凛の底なしで良質な魔力を意識的に集めて身体強化に当てている。見る見るうちに、腕と足の魔力の濃度が濃くなっている。


 魔力が濃くなるにつれ、今まで山のように聳えていた不動の亀に変化が訪れた。


「…ぐぬぅ…!」

 凛の不思議な唸り声と共に、ゴゴッという音が聞こえ、亀の甲羅と地面の間にわずかな空間が出来たのだ。


「…っ凛! すごいよ! 持ち上がってる!」

「当たり前! 私を誰だと思ってやがる…」


 魔法少女とは微塵も思わせないほど顔に力が入っていて、表情は読めないが、多分誇らしげな顔をしているに違いない。


 少しずつ亀の甲羅と地面の距離が広がっていき、あと少しで凛の身長分ほどの高さまで上がるという時になり、リンによって塞がられていない亀の顔以外のパーツが甲羅の外に出てきた。凛はそれを見ると持ち上げるペースをあげ、地面と亀の織りなす角度を90°まで上げ、とても嬉しそうにドヤ顔でこちらを見ている。亀の方はというとジタジタと手足や尻尾をバタつかせ、一生懸命に着地を試みようとしている。


「咲さん…やっと出てきたね!」

「お、おろしてー!」

 ドヤ顔のまま甲羅の中を覗き込んでいる凛の耳に甲羅の中から反響する声が帰ってきた。


「いやー…どうしようかな…? 咲さん、私とお話ししてくれる気ないからなー」

「わ、わかった! ちゃんと話すからおろしてちょうだい!」


 その降伏の台詞が聞こえた瞬間、一瞬で凛は全身にさらに魔力を纏わせ、それを一気に放出する。

 亀を空中に投げるという動作によって…。


「ちょっ、凛? 何してるのさ?」

「え? だってゆっくり下ろすの腰にきそうだったからさ…ぽーんって、あ、大丈夫だよ! 落ちるとこには魔法でクッション的なの作ったから!」


 そう空を見る凛と僕の目線の先には、徐々に近づいてくる亀の姿があった。

「いーやー!」

 だんだんと大きくなる悲鳴と共にどしんと地面に背中側の甲羅から着地した亀さんはひっくり返りながら、泣いていた。

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