解決策は…?

「これは、闇が深い…」

 記憶を読み取り終えた凛は眉間に皺を寄せながら小さく呟いた。


 一体、どんな記憶だったのだろうか。

 凛の苦々しい表情と不意に流れた風に不安がよぎる。

「凛? 」

 後ろで一つにまとめてある髪を風に揺らしながら、こちらを向いた凛は悲しげだった。

「この亀は咲さんだったよ…。あの時私が逃げないで、もっとちゃんとお話しを聞いてあげてれば、もしかしたらワルリンにならなくて済んだかも…」

 凛は気を失っている亀の頭をそっと撫でた。

「ごめんね…」

 凛の瞳に悲しそうな色が広がる。基本的に凛はこっちの優しい心を持った雰囲気がメインの人なんだろう。何故だか戦う時だけヤンキーになってしまうが…。


「凛…。どうしたら彼女を救えると思う?」

 亀の頭から手を降ろし、僕の瞳をじっと見つめ、暫く考えた凛は頭の中を整理するように、少しずつ考えを話し出した。


「単純に前回みたいにワンオペなら手伝ってもらえるように旦那さんを調教していけばいいんだけど…」

「ちょ、調教…」

 言葉の物騒さにそわそわとする僕を尻目に、コクリと小さく頷いた凛はそのまま続ける。

「今回は少し厄介…。咲さんの旦那さんはイクメンなんだよ…」

「…イクメン…?」


 —ラーメンの一種ではないんだろうな…。


 くだらないことを考えていたのが、伝わったのか、凛が僕のことを軽く睨んでいるような気がする。


「イクメンは育児に積極的に参加している男性のことを示す言葉ね…。こんな単語があること自体、育児に関して男女が平等でないことの証明だから、私はあまりいい意味には思えないけどね…」

「つまり、この亀の旦那さんは育児を手伝ってくれてるってことだよね? なら今回は育児関連の問題以外でワルリンになったってこと?」


 険しい顔をして首を横に降る凛。

 その真意がわからずに首をかしげる僕。

 大変な育児を手伝ってもらえているんだから、それで十分なのでは…?凛だって悠人に手伝ってもらえてありがたいと、いつも言っているのに…。


「たしかにイクメンな旦那さんはありがたいよ? 咲さんだってきっと助かる場面はあったんだと思う…、でも…」

「でも?」

 グッと握っていた手に力が入った凛は、冷たい声で言い切った。

「的外れなお手伝いはかえって迷惑って話」


 なんだか僕のことを言われた様に錯覚を起こしてしまうほど、凛の言葉が心に刺さった。

「…場合によっては、旦那さんに育児に参加されるのは迷惑ってこと…? でも、そんなのどうしたらいいのさっ!手伝わなかったらワンオペって言われるし、手伝ったら手伝ったで文句言われるなんて… 」


 つい感情的になった僕の大きな声に反応したのか、眠っていた亀が少し頭をあげる様にした。その様子を注視しつつも、凛は僕のこと撫でて、ふわりと笑ってから答えた。


「男の人も大変だよね…。それに、これはもう夫婦2人の信頼関係の領域…。だからこの問題は難しいの…部外者がどうこうできることじゃない…」

「…夫婦の信頼関係…」

「そう…でも、私は仮だけど魔法少女だから!」

 凛の言葉に呼応するように亀が完全に目を覚まし、うめき声を上げながら4つの足でしっかりと地面を踏みしめ、巨大な甲羅を持ち上げた。僕らの一番近くにある足の一本がズシンと大きな地響きをならし、さらに距離を詰めてくる。

 身構える僕に対して、冷静に相手動きを観察する凛は亀にかき消されないように大きな声で宣言する。

「絶対に咲さんを救ってみせるよ!」


 その言葉と同時に凛は亀の甲羅に飛び乗るように跳躍した。

 例のごとく僕はその風圧で吹き飛ばされたが、何とか体制を立て直し、戦いの行方を見守る。


 —魔獣はどうして一緒に戦えないんだろう…?


 捉え方を変えれば障壁を張って周囲と戦いのフィールドを分けたり、戦いの後の修復をしたりとしているので、一緒に戦っているような気になるが、実際に身を危険に晒すのは契約者である魔法少女だ。僕ら魔獣は今のように見守ることしかできない。それがもどかしい。


 凛は今回どんな作戦で咲さんに挑むのだろうか…。多分、説得をするんだろうけども、咲さんが正気かどうかがわからない今、下手に刺激すると、あの大きさだ…。もしかしたら、凛でも無傷では済まないかもしれない。


『凛、無理はしないでね…』

『おう、あたぼうよ! 任せとけっ!』


 —なぜ、江戸っ子…?


 よくはわからないが、気合十分の凛は首が真上の甲羅にすっと着地し、サムズアップしているのが確認できた。

 たしかに甲羅の上ならば振り落とされる以外にはダメージを受けなさそうだ。

 凛は亀の後頭部に向かって大声で叫ぶ。


「咲さーん! 聞こえる? 」

「ガルルルルっ!」

 返答は威嚇するような唸り声だった。

 頭を振りながら唸るその巨大な亀の姿を見て僕は素直に思った。

『凛! 気をつけて、咲さんは多分正気じゃない!』

『…そんなことないと思うよ』

「えっ?」

 しかし、リンはそうは思っていないようだ。声に確信の色が見える。

『今にわかるよ!』

 不思議がっている僕に凛は答えをくれるようだ。頭を振る動きに振り回されないようにしっかりと甲羅の縁を掴んでしゃがんでいる凛は再び咲さんとか会話を試みる。


「咲さん!」

「グルルっ!」

 更に振り回す力が強くなる。凛の力でも吹き飛ばされないようにするので精一杯なようだ。

「…くっ!こういうこと卑怯だからあんまやりたくないんだけど…今はそれどころじゃないから言うね!」

 大きく息を吸い、亀の動きに合わせて生じる風にかき消されないよう、ひときわ大声で凛はママさん達によく聞く呪文を唱える。


「今の姿…咲良ちゃんに見せられるの…?」


 娘の名前が出た途端にピタリと頭の動きが止まり、しばしの沈黙の後に甲羅の中に足や頭がゆっくりと収納されていった。


『本当だ…。ちゃんと聞こえてたんだ…』

『咲さんは心の殻に閉じこもり過ぎてたみたいだから、きっと何かで発散したかったんだよ。それで暴れて色々と壊したんだと思う…』


 実は、現在の惨状は、凛が気を失わせて倒した時の被害が殆どだと言うことは伏せておこう…。


『…そうなんだね…でも正気でよかったよ! これで、あとは説得して浄化するだけだね!』

 凛は少し難しそうな顔をして僕の方を見てから甲羅から飛び降り、頭があるだろう所に向かいながら不安な事を呟く。


『だといいけど…でも、多分、これからが難しいとこだよ…』

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