小さなはじまり。

@yomogizawa

小さなはじまり。



そこに「ひとつ」がありました。



「ひとつ」は周りを見る目が誰よりも冴えていましたが、いつも人の中にまみれ、人並みに過ごしておりました。



「ひとつ」はその口を閉ざしていました。



「ひとつ」が「ひとつ」らしく在ろうとすると、少しずつ‘独り’になっていくのがその目に見えて、「ひとつ」は口を閉ざしていたのです。



そのおかげで「ひとつ」の傍に存在は数ありました。


…けれど、何故かいつも‘独り’の感覚でした。



その「ひとつ」は苦しんでいました。



するとそこへ、1人の‘天使’が現れました。



「ひとつ」の様子を見兼ね、様々な言葉と知識を与えました。

「ひとつ」にとって天使は尊敬や憧れそのもので、天使のその姿にとても喜びました。



「ひとつ」は天使の言葉により、自分「黒」で在ることを知りました。

天使は黒にまた言葉を与えます。



『あなたは幸せになれますよ。幸せに‘なるべき’なのですよ』



けれど、黒はまた苦しみ出しました。



その言葉を聞いた途端、その歩みが止まってしまったのです。

天使はまた言葉を与えます。

『今 止まったらいけない』と。



黒は俯きました。天使は尊敬や憧れそのものなのです。



けれど黒は黒で、このまま歩き続けたら…黒でなくなってしまう。



黒はたくさん悩みました。幸せになれると言われて、なっていいと言われてとても嬉しかった。

でも、そうすると自分が自分で無くなってしまう。そう思えて、とても怖かったのです。



黒は天使に背を向けて、来た道を戻って行きました。

天使が何か言っているように感じましたが、もう何も届きませんでした。




黒は知っていました。己がくすんでいくことを。

この歩みが行くべき道ではない事を。

そして天使に背いたことで道筋は消え、闇に溶けていくという事を。



(自分は黒なのだ。闇に溶けていこうとも、自然なこと)



黒が目を閉じたとき…一粒の雨が頬に触れました。

雨の冷たさが輪郭をなぞり、黒光りして闇に溶けることが出来ません。黒は目を開けて天を見上げます。



黒は今までも雨に触れることで、目を閉じかけては天を見上げていました。


黒は雨のことが好きでした。



ときに優しく、ときに冷たく…ときに激しく。

そのどれもが‘本当’を映し出し人々に訴える雨なのだと、黒には思えるのです。

雨はとても‘真っ直ぐ‘でときに汚れていたとしても、汚れを映し出してしまうその’透明さ‘が、とても綺麗だと思えました。



時折 現れる雨に触れていると、黒は闇に溶けることはありませんでした。また雨を見ようとすると自然に天を見上げ、見据えることが出来るのでした。



けれど黒は、中々 歩みを始めることが出来ません。

天と雨を見据えていても黒はくすんだまま、歩く力も道筋もありませんでした。



ふと黒は、色を見つけました。

青と黄と緑、そして赤を見つけました。



見ていると…青は’金’、黄色は‘木’、緑は‘土’、赤は‘火’のようだと思いました。



金は木を切り 火が木を燃やして土を造り、そして土の底から金が生まれる。



それはとても賑やかでした。そしてとても華やかでした。



気づけばずっと見ていました。ときに驚きときに笑い、そしていつの間にか自分のくすみがとれていることに気づきました。



色が綺麗で、鮮やかで、

見ているうちに、知っていくうちに。

黒は黒を取り戻すことが出来たのでした。



そしてふと、気づいたのです。



黒は赤を、知っていたのかもしれないと言うことに。

赤もまた、黒を知っているのかもしれない、ということに。



黒が忘れてしまった黒自身の記憶が、赤の傍に…赤のなかに在るように感じたのです。



そう気づいたとき、黒はとても嬉しかったのです。

根拠となるものは無くてもとても心強く感じ…傍に行きたいと思うようになりました。



今の黒に、それは出来ません。

気持ちだけなら今すぐに行きたくても

少し前まで闇に溶けそうだった黒が、

傍に行ける筈がありません。

…天と雨にはきっと祈りですら、もう届きません。



黒は今いる道を歩み始めました。



この道が一体どうなっていくのか。

何処へ繋がりどんな出会いがあるのか。

黒にはまるで予想つきません。



それでも、いつかきっと。



祈りだけでも届きますように。



天と雨を見据えて、色を見つめてより純黒に身を染めて。



黒は一歩ずつ、歩いていくのでした。







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