第6話 女装男子と指編み

篝の名前を伏せながらも、蓬は事のいきさつを三人に語った。


「その後女性向けのファッション誌をコンビニで買って――」


 話を続けようとした蓬の言葉が突然止まる。

 同じく席に付く3人が押し黙っていたことに気づいたからだ。


(さすがに引かれたかな)

 

 覚悟の上だった。

 手を強く握る。胸で暴れる寂しさを黙らせるために。

結んだ口を最初に解いたのは蛍だった。彼女は唇を叩いて彼に訊ねる。


「ん~。要は失恋したってことぅ?」

「そうです」

「それで女装?」


 続く麗葉の言葉に彼は頷く。

 女生徒二人は顔を見合わせると


「「はははははは!!」」


 堰を切ったように笑い出した。

 

「なにその発想! めっちゃ単純! ちゅーか短絡!」

「男の子だなぁ」


 ドッと笑う二人をキョロキョロと交互に見る蓬。その様子を眺めながら机に顎を乗せ不服そうに眉を顰めていた若菜が口を開く。


「なるほどおっけー問題解決っ というわけで男子はとっととお帰りくださいっ」

「えぇ、もっと話してたいんだけどぅ」

「私もちょー同感です!」


 相変わらず敵対する他部員二人に言われ、部長は不貞腐れ顔を机に擦り付け「むむむむむ」と唸る。


「でもほらっ 私が強引に連れてきたわけだしっ さあっ帰宅しやがれってん――」

「いや」


 彼女の言葉を遮るように蓬が口を開く。 


「ボク、この部活に入りたいです」

 

 話していて思った。

 この部活にいたい。


「えっなんで突然」

「わぁ。新入部員~」

 

 蛍がカーディガンから半分出した手をパチパチと重ねる。

 目当てはその蛍。

今まで会ったことのないような可愛さを持つ稀有な先輩。

ここにいれば途方もない目標に近づけるかもしれない。

世界一かわいい男子高校生になれるかもしれない。

 


(そっか! 目当ては蛍っ!)

 

 その意志は若菜にも伝わっていた。


(さてはこいつ凡百の男子同様に蛍に恋をしやがったなっ!)

 

 少し誤解があるようだが。


(じゃあっ なおさら入れられないっ!)

 

 しかしその些細な誤解が若菜の信念をより強固にする。

  


「わかった、じゃあこうしよっ。試験をして、それをクリアすれば合格」

「試験?」

「そう。手芸部だからねっ お題の編み物を作れたらクリア」

「え、私の時そんなのなかったし! ぶーぶー」

「ぶぅぶぅ」

「あのねぇっ」

 

 口を尖らせたり膨らませたりして抗議する二人を見やり、それぞれに毛糸玉を渡す。


「指編みで帽子でも作ってみてよっ」

「ぐぬ」

「ぬぬぅ」


 いまいち理解できない二人のリアクションに蓬は小首を傾げる。

 

「この二人っ すごく不器用なんだよねっ」


 そういって彼女は前髪をたくし上げる。

 麗葉が帽子をなんて高度(笑)なんてものをつくろうとすると。気づけばギブスのようになってしまい、蛍にいたってはどう間違えたのかわからないが、体中に絡まりスカートはめくれ手は後ろで拘束され胸が強調されるように縛られるといったなんとも淫猥な絵面になってR15 指定をつけなくてはいけなくなってしまうほどだった。

 

「さすがにあんたまで素人だったら私面倒みきれないってわけっ!」

「なのに『男子禁制!初心者歓迎!』なんて謳ったポスター張ってるなんてちょっとおかしくないですかーユウさん」

「き、今日外そうとしてたの!」




「この子強引につれてきたのにぃ?」 

「と、とにかく!」


 二人のジト目の視線を振り払うように若菜は机をダンと叩いて立ち上がる。


「どうするのっ!? やるの!?」

「……やります」 


 野良猫のような鋭い目つきで見据えられた蓬は毅然とした態度で答える。

 

「うぐっ」


 若菜は短い悲鳴を上げるとへっぴり腰で蛍の裏に隠れ彼女の耳元で呟く。


「睨まれたっ」

「よしぃよしぃ」

 

 蛍に撫でられると今度は飼い猫ように目を細め、少しの間満喫した後カラーボックスへと向かった。

 

「これを作ってもらおうかっ!」

 

「え、と。なんですかこれ?」


 机の島目一杯にげられたタペストリー。ちなみに絵柄は


「ピーテル・ブリューゲルッ “バベルの塔”」


 これはもう、器用とか不器用とか、素人とか玄人とかそういう次元じゃない。そんなものを作れるのなら即人間国宝指定でついでにエリア51に収容されて以(ry


「まあ、冗談だよっ これは指編みじゃなくて手編みだしね! あはははは」


 手編みってすごいね。


「ほんとはこっちっ」

 

 彼女は手のひらサイズで薄い円状の作品をとりだした。白色で真ん中に黄色い円があって目玉焼きみたいで可愛らしい。

 

「あ、鍋敷きぃ」

「コースターねっ! こんな小さいお鍋なんてないしっ だいたい鍋敷きなんておばさんでもあんま言わないよっ!」

「そうなのぅ?」


「そうだよっ」と突っ込みつつ若菜は黄色と白の毛糸玉を渡す。


「じゃっ 頑張って」

「ん?」 

「んっ?」

「教えてくれないんですか?」

「手編みのバベルの塔よりは簡単でしょ?」

「ま、まあたしかに」

 

 露骨なフェイスインザドア。

 ここまで露骨なセールスマンがいようものなら調度やることがなくて話し相手を探していた専業主婦(38)でも入れられた頭を潰さんとする勢いで玄関を閉めるだろう。


 流石に手が無く呆然とする蓬。あまりの横暴に、大幅にジト度の上がった目で蛍と麗葉が彼女を見る。


(くっ これ以上は部長としての沽券にかかわるぜっ……! そうだ! 良いこと思いついた!)


そんなものは端からない上に、仮にあったとしてもすでに枯れ果てているだろうことは、彼女は知らないようだ。

 

「しょうがないなっ 私は教えたげないけど、友達の麗葉ちゃんに訊くのは許したげるっ!」

 

 友達。

 そう呼ばれ二人は顔を見合わせる。

 目を大きくする蓬に麗葉はクスリと笑うと、


「しょうがないなー。友達の私がちょっと手伝ってあげるし!」


 口を尖らせながらもはっきりとそう答えた。

 

「……ありがとう、藤野さん」

「麗葉でいいよ」

 

 席を寄せてくっつく麗葉がクスクス笑う。


「麗葉さん」

「ちゃん」

「麗葉ちゃん」

「うん!」

「ボクも」

「うん?」

「蓬くん、とかでいいから」

「りょーかい、蓬くん」


放課後初めて話して、たまたま部活で顔を合わせて、それから交流して、今日一日だけでこんなに仲良くなれる。青春ポイント上乗せ特化ゾーンは伊達じゃない。


「そんじゃまあ、とりあえず私がやるから一緒にやってこうか」


 そういって、先週教わったばかりの指編みの説明を始める。興味なかったら飛ばしていいよ。


==============

「まず糸端から輪っかを作って親指に絡めます」

「こう?」

「そそ、次に人差し指と中指の間から糸を手の裏に出します。そしたら、今度は中指と薬指の間から糸を手前に持って来ます。同じように薬指と小指の間から外へ出るように」

「こんな感じ?」

「そそそそ、そしたら小指の外側を通るように糸を手前に持ってきて、さっきと同じように指に絡ませていって」

「できたよ」

「ちょーいい感じだね。さっき小指から折り返したみたいに人差し指で折り返して、そうすると人差し指の前で一周目の糸と二周目の糸で交差する地点ができるでしょ?」

「うん」

「その交点の少し親指側をつまんで」


==============


「え、どこ?」

「ちょっと、手借りるよ」

 

複雑になってきて言葉だけでは理解できなかった蓬のために、麗葉は体を寄せて彼の手を取る。

お互い吐息の音さえ聞こえるほど近くにいるのに、どちらも集中していてそのことに気づかない。


「あれってっ 大丈夫かなっ?」


 ただ、それを眺めていた若菜がちょっと頬を赤くしながら蛍に耳打つ。 


「なにがぁ?」

「こっ 高校生があんなにくっついてさっ」

「ほたるたちもよくくっついてるしぃ」

 

 ナチュラルにギュッと抱き寄せてくる蛍に体を預けながら、それでも少し狼狽した声色で訴える。


「私達は同性だけど、麗葉ちゃんたちは異性じゃんっ」

「えぇ、でも軽音部のさわらびさん、知らないせんぱいともっとくっついてたらよぅ」

「へっ へー。じゃあそんなもんなのかもねっ」

「屋上のぉ、給水塔の影でお昼寝しようとしたらいたからびっくりしちゃったぁ」

「それ絶対やばい瞬間じゃんっ!」


==============


「で、ここをつまんで人差し指の裏に返したら、同じように中指薬指小指もやっていくの」

「で、小指までいったら同じように人差し指まで折り返して編んでいくと」

「そうそう、飲み込み早いね」


==============


10段ほど編んだところで、ふと蓬が小首を傾げる。

「それで、こういう模様にするにはどうしたら」

「えっ?」

 

 麗葉は直線的に編むことしかまだ教わっていない。


「どうしたのかにゃっ」


 困り果てる二人に若菜が喜色満面で訊く。


(ちゅーか、ここまで計算して?)


 問わずともわかる。若菜の得意げな表情に答えは書いてあった。


「たしかに麗葉ちゃんに教えてもらえばいいと言ったけどっ 麗葉ちゃんが教えられるだなんて言ってないよんっ」


なんとも狡猾と言うか、まるで悪役だ。

もともとクリアできる課題ではなかったのだ。

これではさっき追い返したのと変わらない。むしろ若菜の底意地の悪さだけが際立つ展開になっているのだが彼女はドヤ顔で鼻を鳴らしていた。

  

(私が至らないばかりに)


好きな人の期待に応えるため、蛍のそばにいたいと思っている彼の気持ちをなんとなくだが彼女も理解していた。


でたらめな祈り。

でも、真っ直ぐな願い。

すごく、尊く感じた。


なのに、力になれない。

こんなことなら家の手伝いなんかしないでちょっとでも編み物やっとけばよかった。


 にゅあああ! と叫びながら伸びをして麗葉は席を立つ。


「ちょっとタイム。コーヒー淹れます」

「あっ 私もっ」

「……ま、いいですけど」

「牛乳かってくるぅ」

「蓬くんは?」

「欲しいけど……」

「あ、マグカップないか」

「ん~、任せてぇ」

 

 蛍はゆったり手を上げてピンクの財布を鞄から取り出すと、のらりと部室を出ていく。


「じゃあ私用意あるから蓬くんちょっと水くんで来てくれる?」

「わかった」


 電気ケトルを渡された彼もまた、部室を後にした。


「私はなんかするっ?」

「うーんと、じゃあ豆挽いてくれると助かります」

「了解っ!」


 ピシっと敬礼してカラーボックスの奥からコーヒー豆とミルを取り出し、席に戻ってガリガリし始めた。


「ユウさん」

「んっ?」

「なんでそこまで拒むんですか?」


 カップやポットを準備しながら麗葉は若菜に訊く。

 若菜は言葉を返さない。外の賑やかな喧騒は遠く、部室はコーヒー豆を砕く音だけが低く響く。

 

「ちょっと嫌がりすぎじゃないかなって」

「だって、この部活男子禁制だしっ」

「でも蓬くん見て目ほぼ女子ですよ」

「でも男子じゃんっ」


 ミルの手応えがなくなり、若菜は手を止める。取っ手をつまんで中身を覗くと、少し粗挽きのグァテマラの華やかな香りが若菜の鼻孔をくすぐる。

 

「自分でもやりすぎかなって思ってんだけどねっ……」


 芳香にやられたように、若菜は内心を打ち明ける。


「でも曲げられない所って本人しかわからない所にあるもんじゃんっ?」

「蓬くんの女装のように」

「うんっと、まあうん、そういうのっ」

「ちょっと似てますもんね」


麗葉はおかしくて語気を揺らす。


「あの変質者とっ!? どこがっ!」

「めっちゃ頑固なところ」

「馴れ馴れしいぞ一年っ!」

「きゃははは」

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