第229話
翌日はロッティと、本人の要望もあってアリアを連れ、遺跡の城へ。
「ふむふむ……古代王国の存在が、いよいよ信憑性を増してきたってことね」
竜の彫像や女性の壁画をまじまじと見詰めながら、ロッティは感嘆の息を漏らした。
彼女の提案で、この城は便宜上『ダナクス城』と呼ぶことに。
今回はトッドも参加していた。騎士団の面々は守りを固めている。
「なあ、ロッティ。この字は読めねえの?」
「無理ね。解読するにしても、サンプルが少なすぎるし……」
天才少女のロッティとて、未知の言語を即座に読めるはずがなかった。しかし文字は別にして、ダナクス城の謎の取っ掛かりは掴めたらしい。
「ここに碑文があるわね」
竜の台座の裏面には意味深なメッセージが綴られていた。これも読めないが、ロッティは何かを閃いたように、四方の壁画を一瞥する。
「王女の絵、ティアラ……それが四つあって、それぞれ異なる迷宮に繋がってる……」
遠慮がちにアリアが口を開いた。
「あの……壁画の王冠を見て、思い出したのですが。アニマ寺院には、これを思わせる伝承が伝わってるんです」
一同の視線がアニマ寺院の巫女に集まる。
「伝承って?」
「はい。『四つの冠を手にせよ。さすれば聖剣は力を取り戻す』……と」
しばらくの沈黙が流れた。
(四つの冠だと? この光景そのものじゃないか)
アニマ寺院の伝承とやらはあまりに出来すぎている――と、セリアスは疑念を抱く。
言ってしまえば、このエントランスホールの構図を見て、彼女が今しがた伝承を『思いついた』可能性もあった。ロッティも同じものを感じたのか、肩を竦める。
「その伝承の通りなら……まあ想像はつくけど」
「何のことだよ? ロッティ」
「要するに、ここから四つの迷宮を巡って、王冠を回収してこいってことでしょ」
セリアスとアニーは顔を見合わせた。
「言葉通りに考えれば、確かにそうなるか」
「長い探索になりそうね」
短気なクーガーは結論を急ぐ。
「で? 王冠を四つ集めて、聖剣とやらが手に入って、どうなるんだ?」
「それは……」
ロッティの視線が中央の彫像に差し掛かった。
アニマ寺院の伝承では、かつてダナクスを脅かした暗黒竜は、聖剣ロアゴンミニアドによって打ち倒されている。
その剣が再び目覚めるのなら――。
「まるでトッドが喜びそうな伝説ね。聖剣でドラゴンをやっつけろ、だなんて……」
「そ、そこまでガキじゃねえよ。でも……ロアゴンミニアドかあ」
夢物語にトッドは目を爛々と輝かせる。
セリアスも伝承のすべてを疑う気にはなれなかった。
(伝説の盾とやらで悪魔を倒したことがあるからな……あれは三年前だったか)
四つのティアラを集め、聖剣ロアゴンミニアドを入手すること。眉唾物の言い伝えとはいえ、ダナクスの探索においてゴールが決まる。
アニーが疑問を呈した。
「結局、ダナクスは暗黒竜に勝ったの? 滅ぼされたの? どっちにしても、説明のつかない部分が出てくるんだけど……」
千年前の王国が暗黒竜を倒したのであれば、もうロアゴンミニアドは必要ない。逆に暗黒竜に滅ぼされたのであれば、ロアゴンミニアドの伝承が残るはずもない。
つまりダナクスの伝説は大きな矛盾を孕んでいた。
困ったようにアリアが顔を伏せる。
「わかりません。アニマ寺院には、聖剣で暗黒竜を討った、としか……」
「それで勝ったんなら、ダナクスの名も歴史に残ってるよなあ」
どことなくアリアがこの伝承を押し通したがっているのは、感じ取った。セリアスは彼女をフォローするついでに、話題を変える。
「ロッティ。実際に遺跡を見て、ほかにわかったことはないか?」
「そうね……」
考古学者の少女は真剣な顔つきでメモを取っていた。
「とりあえず、この王国が大陸西の文化から逸脱してないってことは、わかったわ。お姫様は今でも通用しそうな格好と髪型だし、冠が権威の象徴らしい点も、ね」
「この絵ひとつで、よくそこまで言えんなあ……」
改めてセリアスは竜の彫像を吟味する。
「確かに……これも『ドラゴン』以外には見えないな」
「ドラゴンの伝説なんて大陸中、いつの時代にもあるもの。ダナクスがドラゴンを権威とした、なんて可能性も考えられるわね」
意気揚々とトッドが声をあげた。
「こうなったら、その王冠ってのを集めるしかねえよな。ほら、集めてるうちに何かわかるかもしれねーじゃん」
「オレも賛成だぜ。どのみち四つの迷宮は調査すんだろ?」
クーガーも楽しげに乗ってくる。
セリアスとロッティはアリアも交え、目配せした。
「俺にも異論はない」
「まあ、セリアスなら平気でしょーし……」
心配そうにアリアが提言した。
「ですけど、この人数で大丈夫なんですか? 魔法使いもいないんでしょう?」
「そうだよ、セリアス兄! 僧侶だって足りてないぜ」
何かとベテラン冒険者を気取りたがるトッドに、クーガーがにやにやと質問を返す。
「ほお~? お前、僧侶が何か知ってんのか?」
「あれだろ? 回復魔法を使う……」
予想通りの回答にセリアスは肩を竦めた。
「教えてやってくれ、ロッティ」
「しょうがないわね。いーい? 僧侶っていうのは――」
もともと『僧侶』とは教会勢力の役職に当たる。
かつて大陸教会の聖職者たちは治癒系の魔法を会得し、それを奇跡の代用とした。信仰を広めるにあたって、『怪我を治す』ことは有効な布教の手段だったのだ。
かくして数百年の間、回復魔法は教会が独占することになる。
ところが教会の勢力が衰えるにつれ、回復魔法の技術も次第に流出していった。やがて教会に属さない者も回復魔法を会得し始める。
それでも『回復魔法は僧侶の十八番』というイメージは残り、その使い手を端的に『僧侶』と呼ぶことが一般化した。
「――ってこと。だから教会と明確に距離を置きたいひとは、白魔導士とか治療術士って名乗ったりするの」
「へえ~。名前だけが残ったわけか」
トッドは目をぱちくりさせる。
「そんで? 由来はともかく、僧侶はどーすんだよ? セリアス兄」
「今の話じゃ足らなかったか。回復魔法というのは――」
思いのほか説明が長くなってしまった。
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