第230話
ティアラを求めて、本格的な探索を開始する。
「来ないのか? クーガー」
「ショートカットの補強工事をしておきてぇからな」
本日のメンバーはセリアスとアニーのふたりだけとなった。
(無理はできないな……)
アニーの実力は認めているものの、正体不明の迷宮に挑むには、いささか心許ない。今日のところは様子見程度だと、アニーにも念を押しておく。
「了解よ。行きましょう、セリアス」
「ああ」
途中まではクーガーたちとともに進み、ダナクス城へ辿り着いた。
昨日ぶりに壁画の王女と対面する。
「ここから先へ入るのは、私たちが初めてのはずよ。色々と期待できるんじゃない?」
「そいつは楽しみだな」
実のところ、セリアスは大いに期待していた。
前人未踏の迷宮には思いもよらない宝物が眠っていたりする。ただし調査団の一員として、自分が盗掘紛いの真似をするわけにはいかなかった。
それでも面白い発見があれば、と前向きになる。
北の壁画から転移すると、前回と同じ場所に出た。
「ここが第一の迷宮……アーシス」
「ああ」
その名もアニマ寺院の伝承を参考に、ロッティが命名したもの。
古代王国ダナクスにはフレイマ、アクウェン、エアーテ、アーシスという名の精霊がいたらしい。ちょうど同じ数なので、それを便宜上、迷宮の名称に当てている。
不思議なことにアーシスの内部は充分に明るかった。壁面の窪みには橙色の照明が仕込まれている。
「この火、全然熱くないわね」
「多分、ライトの魔法と同じ原理だろう。酸素がなくなることもない」
細長い通路を抜けると、視界が開けた。
「いかにも遺跡らしいな」
「ええ」
そこから先は前後左右のみならず、上下にも広大な迷宮を成している。
また、外の廃墟のように壊れた様子はないものの、あちこちが砂に埋もれていた。扉を開けようとすると、砂に引っ掛かったりする。
「出発が遅くなっちゃったから、あまり時間もないわよ」
「わかってる」
今日の探索をあえて午後から開始したのは、セリアスの判断だった。これなら時間が限られるため、早めに切り上げることができる。
(慎重に越したことはない……)
セリアスは右を、アニーは左を警戒しつつ、先へ進む。
しかし地図を描き足すたび、足は止まった。
「マッピングの担当が欲しいな」
そんな愚痴も出る。
「あの子はどう? トッド。戦力には数えられないでしょうけど」
「あいつはまだまだ危なっかしいからな」
未踏の迷宮を攻略するにあたって、やはり編成面には大きな不安があった。
パーティーはまず第一に『戦闘面』を前提にして、前衛・後衛で編成される。前衛は戦士が、後衛は弓使いや魔法使いが務めるわけだ。
しかし冒険者の仕事は戦闘だけではない。『探索面』の充実も不可欠となる。
地図の作成を始め、双眼鏡といった道具や各種の薬、非常食の携帯など、クリアしておくべき課題は多い。今のセリアスのように前衛が片手間で地図を描いていては、モンスターの襲撃に対応が遅れる恐れもあった。
「クーガーを数に入れて、俺が下がるか……」
「でもあいつ、あなたに対抗したがってるみたいよ? アリアを巡って」
「そこまで本気には見えないんだが」
セリアスが頻繁に足を止めるため、アニーは不満を募らせる。
「モンスターの一匹でも出てきてくれないかしら? 身体がなまっちゃいそうだわ」
「一度も遭遇せずに終わるのも、珍しくないさ。……む?」
T字路にて、砂の山に足が差し掛かった。
セリアスは左手を横に突き出し、アニーを制する。
「待て」
「どうかしたの? モンスター?」
「いや……こいつだ」
砂の上には複数の足跡。
モンスターのものではなかった。この足跡の持ち主は靴を履いている。
その意味を悟り、アニーも顔を強張らせた。
「ちょ、ちょっと! このサイズは」
「子どもだ」
無意識のうちにセリアスは舌打ちする。
(街の子どもか!)
トッドのように好奇心旺盛な少年が、ほかにいてもおかしくはなかった。それに加え、アニーは以前『抜け道があるのよ』と語っている。おそらく子どもたちは地下の遺跡へ忍び込み、ダナクス城にて壁画に触れてしまったのだろう。
「急ぐぞ、アニー!」
「え、ええ!」
胸騒ぎを覚えながら、セリアスはアニーとともに迷宮を一直線に駆け抜けた。
幸いにして砂に足跡が残っており、追跡は容易い。
(……見つけた、が……!)
果たして少年たちのパーティーはそこにいた。ただし四人のうち三人は倒れ――三人のうちふたりはモンスターの群れに荒々しく貪られている。
「――ッ!」
アニーは真っ青になって立ち止まった。
(間に合わなかったか)
しかしセリアスのほうは減速せず、ミスリルソードを抜き放つ。
体毛が灰色の狼に似たモンスターは、ヘルハウンドだった。その数は三匹。
ヘルハウンドどもは『食事中』のために、セリアスの先制攻撃に晒される。ほんの二、三秒のうちに、一匹目の首が飛んだ。
続けざまに二匹目も斬り捨て、最後の一匹と対峙する。
「お前の相手をしてる暇はないッ!」
ヘルハウンドはセリアスに跳びかかるも、一撃のもとに両断された。
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