第228話

 翌朝には酔いも醒めていた。

「おはよー、セリアス。もう大丈夫?」

「ああ」

 気持ちを切り替え、セリアスはてきぱきと準備を済ませる。

「今日も報告、期待してるわよ。気をつけてね」

「お前も無理はしないようにな」

 ロッティに見送られながら、まずはアニマ寺院へ。

 昨日までの探索で、アリアの『加護』が役に立つことはわかった。今朝はクーガーと、新メンバーのアニーも連れ、加護を目当てに寺院を訪ねる。

 巫女のアリアは恭しく頭を下げた。

「おはようございます、セリアス殿、クーガー殿。……あら、そちらのかたは?」

 そして顔を上げるとともにアニーを見つけ、綺麗な瞳を瞬かせる。

「私はアニーよ。昨日から探索に参加してるの」

「そうでしたか」

 アリアとアニーの邂逅を眺めつつ、クーガーが声を潜めた。

(こうやって見ると、アニーもアリアに負けてねえじゃねえか。なあ?)

(あと五年もすれば、ロッティもああなるさ)

(おっ? 変な虫がつかねえように、気をつけろよォ)

 アリアが慎ましやかに切り出す。

「今朝は『加護』をお求めでしょうか?」

 お目当ての美人を前にして、クーガーの声も弾んだ。

「おうよ。オレもセリアスと同じ毒の耐性が欲しくってな」

「私も同じ加護をお願いできるかしら」

「バジリスクですね。わかりました、こちらへお越しください」

 簡単な儀式を経て、クーガーとアニーにも『バジリスク』の加護が備わる。

「ケットシーの加護に戻したい時は、また仰ってください。お代はいただきますが……」

「ありがとうよ。そういや、今日は街のガキに勉強を教えるんだろ?」

 クーガーは世間話を続けたがるも、アニーの横槍が入った。

「遊んでないで、行くわよ? クーガー」

「ったく……可愛くねえ女だぜ」

 セリアスは心の中でクーガーに反論する。

(アニーはましなほうだと思うぞ? メルメダに比べたら……)

 それから騎士団の面々と合流し、地下のダナクスへ。

「われわれも昨日のうちに加護を受けてきたんですよ、隊長~。へへへ」

「ケッ! アリアが目当てじゃねえだろーなあ?」

「あなたが言うの? それ」

 今日はセリアス、クーガー、アニーで城の調査を。騎士たちは昨日に引き続き、周辺のモンスターを掃討することになった。

「オレがいないからって、サボるんじゃねえぞ? てめえら」

「了解!」

 セリアスたちは手書きの地図を参考に、まずはショートカットを確保する。

「この壁を越えられるようにしたい」

 問題の塀は高さが四メートルほどあった。

「手っ取り早くブッ壊しちまうって手もあるぜ」

 力自慢のクーガーが拳をごきりと鳴らす。

 対し、アニーは慎重に徹した。

「歴史的に価値のある遺跡よ? それは最終手段にするべきね」

「どのみち三メートルくらい厚さがあるんだ。掘るよりは登るほうが早いさ」

 セリアスはてきぱきと縄梯子やハーケンを取り出す。

「それを打ち込むの? 遺跡に傷が……」

「調査団の許可なら得てるとも。さて、どうやって梯子を持って登るか、だが……」

 相談の末、やはり逞しいクーガーを土台とすることになった。

「お、憶えてろよ? てめえら。ぐぬぬ~っ!」

 クーガーの肩を足場にして、セリアス、アニーの順に塀をよじ登る。

「慣れたものね、セリアス」

「まあな」

 数分後には縄梯子が掛かった。ハンマーを背負ったクーガーの体重にも耐えうる。

「明日にでも補強すっか」

「もう一ヶ所あるんだ。そっちも頼む」

「へーへー。こりゃ、トッドを連れてきたほうがよかったな」

 少し進んだ先で、また同じ作業が繰り返された。


 その鬱憤を晴らすかのように、クーガーが大暴れする。

「どーりゃあッ!」

 ムカデのモンスターは背中にハンマーの直撃を受け、呆気なく絶命した。これで城での連戦は一段落する。

「で……アニー? お前はいつまで隠れてるんだ」

「あんな大きなムカデを見て、よく平気でいられるわね……」

 やっとアニーが柱の陰から姿を現した。昆虫やナメクジの類は苦手らしい。

 城のエントランスホールにて。セリアスの読み通り、ほかの三枚の壁画からもモンスターが出現し、現在に至る。

「大したモンスターじゃなかったが、ヒヨッコには厳しい相手だろうな」

「ああ。城の番人とでも言うべきか」

 その結果、四つの壁画のすべてが色を取り戻した。

 どれもティアラを被った女性が、異なるポーズで彫られている。

「さてと……本番はこっからか。どうするよ? セリアス」

「城の中を見てまわりたいんだが……道がないからな」

 エントランスホールをぐるっと見渡しながら、セリアスたちは首を傾げた。

 昨日は竜の彫像や壁画に気を取られ、気付かなかったが、このエントランスホールはいきなり行き止まりになっている。

 アニーが神妙な面持ちで呟いた。

「王宮の体を成してないわよ? ここ」

「ほかに入り口があるんじゃねえか? 外から見た限り、そこそこ広いはずだろ」

 内部の奇妙な構造にはクーガーも頭を捻る。

「東に塔もあったしな」

「じゃあ、次はあの塔へ?」

 外の地図も未完成だった。探索するべき場所はまだまだある。

「それより真中の竜とか、色のついた絵を調べようぜ」

「そうだな」

 セリアスたちは頷きあうと、ホールの中央で佇む竜の彫像へ歩み寄った。しかし誰も手を伸ばそうとせず、息を飲む。

「お、お前が触ってみろよ? セリアス」

「……ドラゴンだからな」

「ええ。壁画と同じかもと思うと、ちょっと……ね」

 もし触ることでドラゴンが実体化したら――それ以上は考えたくなかった。下手に触らないことに決め、続いてセリアスたちは四枚の壁画を確認する。

「セリアス、方角はわかる?」

「この絵がちょうど北のはずだ」

 壁画はそれぞれ東、西、南、北に位置していた。そして城は南西を向いている。

(この絵は何を意味してるんだ……?)

 今度こそセリアスは覚悟を決め、おもむろに壁画へ手を伸ばした。

 てのひらが触れるや、眩い光が生じる。

「うおっ?」

「きゃ! セリアス、何を?」

「わからん! とにかく下がれ――」

 その瞬間、身体が空を飛ぶような錯覚がした。

 それは数秒ほどで消え、両足に地面の感覚が戻ってくる。

「今のは一体……」

 こわごわと目を開け、セリアスは唖然とした。傍でクーガーやアニーも同じものを目の当たりにして、呆気に取られている。

「お、おいおい……どこだってんだよ? ここは」

「私たち、城の中にいたはずなのに……」

 そこは外の廃墟でもなければ、城のエントランスでもなかった。四方のうち三方を壁で囲まれ、もう一方は細長い廊下に続いている。

 背後の壁には女性の壁画があった。

 セリアスは状況を把握し、アニーとクーガーに説明する。

「転移だ。どうやらこの絵に触れることで、テレポートができるらしい」

「テレポートだあ? そんな高度な魔法、本当にあるのかよ」

 クーガーは半信半疑の一方で、アニーは頷いた。

「その可能性が高いわ。ほら、地上の入り口から地下へ降りる時だって、何百メートルも距離が飛んでるでしょう?」

「ああ。もう一回試してみよう」

 再び壁画に触れると、セリアスたちは城のエントランスへ戻ってくる。ひとりが触るだけで、全員が一緒にテレポートできるようだ。

 クーガーはわしゃわしゃと頭を掻く。

「もう何でもアリだな……ってことは、ほかの絵も?」

「多分な」

 よく見れば、壁画の下には文字らしいものが刻まれていた。おそらくダナクスで用いられていた、千年前の文字だろう。

「こいつを見落としていたか……」

 セリアスはメモ帳を開き、それを丁寧に書き写す。

「ロッティに来てもらったほうがよさそうね」

「オレも賛成だ。こいつは一筋縄じゃ行かねえぞ?」

「……ああ」

 ダナクスはその深淵を覗かせつつあった。

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