第224話

 朝から仮の住まいで一悶着。

「お願いだから、セリアス! 髭を剃ってよ!」

「わかった、わかった」

「あの美男子はどこ行っちゃったの? お姉ちゃんの気も知らないで」

 どうもロッティは昔のセリアスを過大評価ないし美化する傾向にあった。

(男なんだ、髭が伸びるのも当たり前なんだが……)

 セリアスは綺麗に髭を剃り、身支度を整えてから、今日もダナクスへ出発する。

「よう! どうだ、その盾の使い勝手は」

「悪くはないな」

 遺跡の入り口ではクーガーたち騎士団が待っていた。懲りずにトッドも参加し、今日こそはと意気込む。

「一昨日はビビっちまったけど、もう平気だぜ。ヘヘッ」

 セリアスとクーガーは目配せに含みを込めた。

(二度目もあるかもしれないな)

(好きにさせてやろうぜ)

 昨日のロッティにあてられ、改めて奮起したらしい。

 セリアスたちは大空洞へ降り、そこから先は別行動を取ることに。

「オレたちはモンスターを片付けっから、お前は城までのルートを確保してくれ」

「了解だ」

「早く行こうぜ、クーガー兄!」

 モンスターを警戒しつつ、セリアスは慎重に歩を進めた。

 風の音と自分の足音だけが鼓膜を刺激する。

 そう遠くない場所にモンスターが潜んでいるのは、漠と感じた。ホーネットやジャイアントリーチの類なら、敵ではない。

 ゴブリンも油断さえしなければ、問題なく撃退できるだろう。

 ただ、そのゴブリンの存在がどうにも気に掛かった。

(やはり妙だな……)

 ゴブリンやオークといった亜人種のモンスターは、動物を狩るか、人里から食べ物を盗むなどして、腹を満たす。人間を攻撃するのも第一に食料を欲してのことだ。

 彼らは不利になるや一目散に逃亡するが、それもリスク(死)とリターン(食料)を計算しての理性的な判断と言える。

 ところがこの地下遺跡には、彼らの腹を満たしうるものが見当たらなかった。

 動物はおらず、ほかのモンスターを捕食しようにも、死骸は消える。かろうじて草木は生えているものの、ひからびた印象は否めない。

 かといって、彼らはハーウェルの街へ乗り込むこともなく――群れを成し、地下の遺跡を徘徊している。

(あいつらは何を食ってるんだ?)

 セリアスは足を止め、腕組みを深めた。

 たとえ極寒の地や溶岩地帯であっても、そこに生息するモンスターは必ず食物連鎖に加わっている。にもかかわらず、ダナクスのゴブリンにはそれが見受けられない。

「帰ったら、ロッティと相談してみるか……」

 独り言に過ぎないものを、セリアスはあえて口に出した。

(――いるな)

 冒険者の勘が背後の気配を察する。

 尾行されていることには、とっくに気付いていた。おそらく相手はセリアスが地下へ降りてから、追跡を始めている。

「そろそろ出てきたらどうだ? 俺に用があるんだろう」

「……あら? やっぱりバレてたのね」

 柱の陰からひとりの女性が姿を露にした。

 歳は十七、八だろうか。騎士の正装のような出で立ちで、女性ならではのスタイルを引き締めている。その腰に下げているのは、小振りのレイピア。

 切れ長の双眸は強い意志の光を宿していた。剣技の妨げにならないように、長い髪はポニーテール風にまとめてある。

「初めまして。私はアニーよ。……あなたは?」

 セリアスは愛剣から手を離し、ひとまず彼女を迎えた。

「俺はセリアスだ」

「ふぅん。……セリアス、ね」

 アニーは興味津々にセリアスの風貌を眺める。

「あなた、フランドールの騎士団じゃなくて、ただの冒険者でしょう? なのに、どうして遺跡への立ち入りが許されてるわけ?」

「調査隊の一員だからだ。モンスターの掃討を請け負ってる」

「あぁ、なるほど。それで騎士団と一緒に出入りを……」

 対するセリアスのほうも、彼女の容姿や身のこなしに注意を払った。

(育ちのよさそうな女だが……)

 とりあえず盗掘者の類ではないらしい。身なりは整然として、レイピアの柄に細やかな装飾が施されていることからも、身分の高さが窺える。

「お前はなぜこんなところにいる?」

「私は……冒険者だから」

 アニーは『冒険者』を自称しつつ、セリアスを正面に見据えた。

 そして艶やかな唇を綻ばせる。

「実はあなたにお願いがあるの。私をパートナーにしてもらえないかしら」

 それだけで大体の察しはついたものの、セリアスは彼女に問い返した。

「なぜだ」

「探索の許可が欲しいからよ」

 ダナクスの噂を聞きつけ、コンスタンツ領には数々の冒険者が集まっている。すでに足を踏み入れ、キラーロブスターの餌食となった者も、記憶に新しかった。

 しかし王国騎士団のシグムント大尉は遺跡を保護するべく、冒険者の出入りを禁止。彼らの大半は探索を諦め、コンスタンツ領を去っている。

 そんな中、アニーは諦めがつかず、こうしてセリアスと接触を試みたらしい。

「あなたと一緒なら、入り口から堂々と遺跡に入れるでしょ」

「待て。どうやって入ってきたんだ?」

「ここだけの話、抜け道があるのよ。ふふっ」

 アニーの意図はセリアスにもわかった。確かにセリアスの協力者という体であれば、ダナクスへの出入りは許可される。

「あなたもひとりじゃ危ないでしょうし。もちろん邪魔をするつもりはないわ」

 アニーは不敵に微笑むと、レイピアを抜き放った。

「何なら実力を証明してあげましょうか? 模擬戦でも、実戦でも」

 面倒くさそうにセリアスは頭を押さえる。

「まったく……断ろうにも、もう遺跡の中じゃないか」

「話が早いわね。よろしく、セリアス」

 探索の最中なのだから、今日のところは彼女を同行させるほかなかった。この機会にアニーは実力とやらを証明し、正式なパートナーとなるつもりだろう。

(トッドよりはましみたいだが……)

 セリアスはアニーを連れ、探索を再開する。

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