第225話

 アニーはセリアスの三メートルほど後ろをついてきた。

「ねえ、さっきから何を書いてるの?」

「地図だ」

「あ……そ、そうよね? 地図だと思ったわ」

 やはり冒険者は自称に過ぎないようで、不思議そうにセリアスを見ている。

「パートナーに任せてもいいんだが……」

「えっ? で、でも……ほら、途中で書くひとが変わっても、ややこしいじゃない?」

 冒険者としての経験がないことは、もはや聞くまでもなかった。

 あとは戦力にならなければ、パートナーの件は断れる。

 そんな折、セリアスたちの行く手を不気味なモンスターが遮った。巨大なナメクジの魔物、ジャイアントスラッグだ。

 セリアスはあとずさり、アニーを先に行かせた。

「任せたぞ。アニー」

「……エ?」

 ヌメヌメとしたナメクジの異様を前にして、アニーは固唾を飲む。

 ジャイアントスラッグはさしたる脅威ではないものの、気色の悪さは群を抜いていた。うぞうぞと這いずりながら、異臭を漂わせる。

「そう構えるな。毒液にさえ注意すれば、動きは鈍い」

「わ、わかってるったら……」

 渋々とアニーはレイピアを抜き、ジャイアントスラッグへ一度は間合いを詰めた。しかし毒液が飛んでくる以上に距離を空け、ついにはセリアスを盾にしたがる。

「こっこいつはなし! あなたが片付けて!」

「大した実力だ」

 セリアスは呆れつつ、魔法のスクロール(巻物)を開いた。

 赤い火球がジャイアントスラッグを焼き尽くす。

 吐き散らかされた毒液も、ジャイアントスラッグの骸とともに地面へ沈んでいった。その毒にアリアの『加護』が反応したらしいのを、セリアスは感じる。

(バジリスクは毒の耐性だったか……ふむ)

 今さらのようにアニーは自前のスクロールを取り出した。

「そ、そうよ! あんなやつは魔法で」

「次は期待してるぞ」

 女剣士の実力はいよいよ疑わしくなる。

 しかし次のゴブリン戦にて、アニーは流麗な剣技を披露した。流れるような動きでゴブリンの攻撃をいなしつつ、その急所を正確無比に貫く。

「ハッ!」

 これにはセリアスも感心した。

「やるじゃないか。正直、驚いたぞ」

「でしょう? 手配モンスターを狩ったことだってあるんだから」

 とりわけ『突く』攻撃は技術を要する。

 『突く』という動作は『斬る』や『叩く』に比べ、制約が多いためだ。前に踏み込むのが基本であって、相手と正対したうえでの間合いが重要となる。

 また、急所への必中も要求された。

 半端なところを刺しては、敵を倒せないばかりか、剣が抜けず、かえって窮地に陥ることがある。乱戦の際は『抜く』動作もこなさなくてはならない。

 それをアニーは、まるで呼吸するかのようにやってのけた。敵の動きを見極め、一瞬の隙を逃さずに突く。一朝一夕の訓練でできる芸当ではない。

 あえてレイピアを選んだのも、自身の腕力や敏捷性を考慮してのことだろう。

 レイピアも本来は斬るための武器とはいえ、彼女のレベルになれば、突き主体の戦法とマッチしている。

「次のモンスターはあなたがひとりで戦ってみて。お手並みを拝見させてもらうわ」

「わかった。見ていろ」

 対抗する気はないものの、セリアスもモンスターの掃討には力が入った。盾も駆使しながら、あっという間に魔物の群れを一掃する。

 アニーが拍手で健闘を称えた。

「ふうん……なかなかのものね。騎士団には入らないの?」

「さあな」

 セリアスは眉をひそめ、愛剣を鞘へ収める。

 その後もアニーのおかげで、モンスターの撃退には労しなかった。

 やがて目的の『城』へ辿り着く。

「道中の壁を二ヵ所で越えれば、かなり短縮できるな」

「なるほど。そこに梯子を掛けるのね」

「そういうことだ。さて……」

 午後二時過ぎ、十月の陽はまだまだ高かった。遥か頭上の湖は陽光で満たされ、地下の遺跡を満遍なく照らしている。

「城の中も覗いてみるか」

「ここまで来て、引き返すつもりだったの?」

「抜け駆けするようなものだからな」

 石造りの城はところどころ毀れていた。

 城門も半開きのまま、上段の蝶番が外れている。

「壊すなよ? アニー」

「あなた、私をどんな女だと思ってるわけ?」

 足を踏み入れると、静謐な空気がセリアスたちを包み込んだ。

 城はエントランスが大きなホールとなっており、立派な柱が中央へ道を成している。その先にある台座では、『竜』を模った彫像が鎮座していた。

「ドラゴン……ね」

「ああ」

 アニーの言葉の響きにセリアスも頷く。

 ドラゴンは決してモンスターの一種ではなかった。古来より神にも近しい存在として畏怖され、大陸の各地では数々の伝承も記録されている。

 かの『ゾディアークの奇跡』にてドラゴンと相見える機会はあったものの、二度と戦おうとは思わなかった。

 アニーが台座へ歩み寄り、雄々しき竜を見上げる。

「ここのひとびとは竜を信仰していたようね」

「それは間違いなさそうだ」

 大陸にはドラゴンを象徴とする国家もあった。

 ただ、アリアに聞いたダナクスの伝説とは、わずかに齟齬が生じている。

(竜殺しの剣で暗黒竜を倒した……そうじゃないのか?)

 暗黒竜はダナクスを脅かしたのだから、こうして奉られるのはおかしかった。

 とはいえ、それを解明するのはセリアスの仕事ではない。セリアスは考えるのを止め、エントランスのホールを一周する。

「こいつは……何の絵だ?」

 ホールの壁には、等間隔に四枚の壁画が飾られていた。アニーも隣に並んで、でこぼことした絵に目を凝らす。

「多分、女性ね。女王か、王女か……」

 壁画の女性は神々しいティアラを被っていた。その王冠から女王ないし王女を連想するのは、セリアスにも当然に思える。

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