第222話
その夜、酒場にて。
夕食の間もセリアスは延々と愚痴を聞かされる。
「ほんっと信じらんない! 女の子の前であんな格好!」
「そろそろ許してやれ。トッドも別に悪気があったわけじゃないんだ」
あのタイミングで酒場の裏口からロッティが出てきたのは、偶然のこと。彼女は女将にコーヒー豆を分けてもらい、仮住まいへ戻るところだったらしい。
問題のトッドは店の手伝いをさせられていた。
「最悪だぜ……遺跡では洩らすし、女には見られるし……」
女将は不出来な息子に呆れる。
「ったく、情けないねえ。無理やり連れてってもらって、これかい? 手柄を立てるなんて息巻いてたのは、どこのガキだったのやら」
「うぐ」
もはやトッドに立つ瀬などなかった。
隣のテーブルではクーガーが部下たちと一杯やっている。
「そう気落ちすんなって。初陣で洩らすやつなんざ、騎士団でも珍しくねえんだから」
「フォローになってねえよ、そんなの」
「まあ……さすがに女子の前で丸出しはなあ……」
「うんうん。洩らしたうえでの二重苦だもんな、可哀相に」
「フォローする気あんのかよっ!」
トッドはいきり立ち、地団駄を踏んだ。
セリアスは肩を竦める。
「昼間も言ったが、小便ひとつで済んだんだ。クーガーたちに感謝するんだな」
すると、ロッティが嫌そうにかぶりを振る。
「やめてったら! セリアス、昔はそんな下品な言葉、使わなかったじゃないの!」
「そう言われてもな……ほかにどう言え、と」
「しかも食事中なのよ? 食事中っ! うぅ……セリアスって、いかにも爽やかな好青年って感じだったのにぃ……」
クーガーはビールを片手に笑った。
「ワッハッハ! 確かにセリアスが男前なのは認めるが、男を美化しちゃいけねえぜ、お嬢ちゃん。小便の話なんざ、まだマシなほうで……」
しかし泡立つビールを見詰めるうち、顔を引き攣らせる。
「……ま、まあ、食事中だしな」
ビールのせいで小水を連想してしまったらしい。
(酒か……そんなに美味いものなのか?)
お茶を啜りながら、セリアスは話題を変えた。
「地下の遺跡……ダナクスについてだが。ロッティ、実はな――」
ロッティも真剣な面持ちで耳を傾ける。
「モンスターが消えた?」
「正確には死体が、な。ゴブリンの場合は服や武器もだ」
「オレたちも見たぜ。あれじゃ、素材も剥ぎ取れそうにねえぞ」
モンスターは忌々しい存在だが、ひとびとにとって有用な面もあった。
例えば、ファイアドレイクの鱗で作った盾は、火炎に耐性を持つ。ポイズントードの毒は麻酔にも使える……といった具合だ。ただし食用には向かない。
そういった素材が調達できないのだから、冒険者にとってダナクスを探索する旨味は少ない。奇しくもシグムントの思惑通り、冒険者を遠ざけることはできそうだった。
ロッティが頭を捻る。
「う~ん……モンスターの死体が消えるっていうのは、考古学の分野じゃないわね。魔導に詳しいひとに聞いたほうがいいかも」
「なるほど」
彼女の謙虚な姿勢にセリアスは感心した。
頭でっかちの学者は何でもかんでも自前の持論で説明しようとする。
しかしロッティは情報を吟味したうえで、それが手持ちの材料で分析できるか否かを、客観的かつ正直に判断したのだ。
一方で、クーガーは少女の降参ぶりを鼻で笑った。
「おいおい、どうした? お嬢ちゃん。王立大学から派遣されてきた、お偉い学者さんだってのに、随分と諦めるのが早いじゃねえの」
対し、ロッティのほうは平然と一蹴する。
「お偉い学者だから、説明できるかどうかがわかるのよ」
その脇を通りながら、トッドは得意げに踏ん反り返った。
「ヘッ。勉強だけできて、何になるってんだよ? 付き合ってらんねーぜ」
「はあ? お洩らし野郎が何言ってんの?」
「お前の言葉遣いも大概だ」
この妹分はろくな大人にならない気がする。
☆
翌朝、ロッティから招集を受け、セリアスたちは街の噴水広場へ集まった。
ハーウェルの街はコンスタンツ領の最北に位置し、湖にもっとも近い。激しい雨季がないおかげで、治水の面も万全だった。
ロッティは噴水の前で立ち、メンバーを一瞥する。
「みんな、ちゃんと起きてる? 寝惚けたりしてない?」
「騎士団の朝がどれだけ早いと思ってんだ」
セリアスのほかにはクーガーの騎士団や、トッド、アニマ寺院のアリアの姿も。今朝のアリアは巫女のスタイルだが、いつもの従者は連れていない。
「えぇと、ロッティさん……だったかしら。コンスタンツ領の歴史について、お話があるとか……」
「アニマ寺院のひとにも聞いてもらおうと思ったの。参考程度にね」
アリアが戸惑うのも無理はなかった。
王立大学から正式に派遣されてきたとはいえ、ロッティはまだ12歳。そんな少女が一端の考古学者を名乗り、今から高説を垂れようというのだから。
クーガーやトッドは口を揃えて、ロッティを侮る。
「どーれ、お嬢ちゃんのお手並み拝見と行くか」
「わざわざ付き合ってやったんだぜ? 大丈夫なんだろーな、ロッティ」
しかしロッティは挑発的にほくそ笑むと、いよいよ口を開いた。
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