第216話
よほど強力なモンスター(手配書が出まわるようなレベル)が出現しない限り、野生のモンスターは平時の兵団で事足りる。
そして地元の兵団は大抵、武具は量産向きの鋳造で済ませる。
さらに交易のルートから外れては、旅団や冒険者も見込めず、個人経営の武器屋では商売にならないのだ。それはセリアスにもわかっている。
「剣よりも別に欲しいものがあるんだ。フック付きのロープとか……ツルハシも小振りなものがあると助かる」
鍛冶屋の店主は唖然とした。セリアスの言葉は予想になかったらしい。
「うちに来て開口一番、フックのロープなんて言ったのは、兄ちゃんが初めてだよ。話を聞いてやろうじゃねえか」
今回も冒険者を門前払いする気でいたのだろう。しかしセリアスの目的が浅はかな探索ゴッコではないことを見抜くと、態度を軟化させた。
「学者の護衛でな。遺跡に入り込んだモンスターの掃討を担当することになった」
「そいつはご苦労なこった。でも悪いが、うちで武器は扱えねえぞ? 若い頃は王都の工房で、剣を打ったりはしてたがなあ」
「いや。あなたの腕を軽んじてるわけじゃないが……これは打てないだろう」
セリアスは愛用の剣を鞘ごと差し出す。
それを抜き、鍛冶屋は目を引ん剥くほど驚いた。
「こ、こりゃあ……ミスリルじゃねえか!」
ミスリルは軽いうえに強度が高く、適度な柔軟性をも兼ね備えている。さらには魔法との相性も抜群で、剣に限らず、魔法使い用の杖に使われることもあった。
ただし極めて希少な金属であり、また精練するだけでも、専門知識とともに大掛かりな設備を必要とする。田舎の鍛冶屋で扱える代物ではない。
店主は珍しそうにミスリルの刀身に見惚れた。
「こいつは見事なもんだぜ……まっ、ミスリルソードなら、打ちなおす必要もそうはねえだろ。それ以前に、おれの店じゃどうにもできんが」
もとはスタルド王国の王子が愛用していた逸品だけに、優美な輝きを放つ。
ちなみに鞘は安物に替え、柄の部分も地味な色合いで上塗りしてあった。こうでもしないと、一介の剣士に国宝級の宝剣は悪目立ちが過ぎる。
「できれば鋳造ではない盾が欲しいんだが」
セリアスが注文を付け加えると、鍛冶屋の男はやにさがった。
「ふむ……どんな盾だ?」
「形は円で、直径は50センチくらい。なるべく軽いやつがいいな」
「贅沢言いやがって。そうだな……手頃な金属を持ってくりゃ、作ってやらあ」
初対面の冒険者のために材料から用意してやる義理はない、しかし材料があるなら腕を振るってやる――セリアスとしても期待以上の妥協点だった。
「その時は頼む」
「おうよ。またいつでも来な、兄ちゃん」
ミスリルソードとともに鍛冶屋をあとにする。
「さて、次は……ん?」
少し歩いた先で、セリアスは顔を顰めた。
見れば、数人の男たちが年頃の女性を取り囲んでいるのだ。
「いいじゃねえか。ちょっと付き合えよ? 姉ちゃん」
「こ、困ります……通してください」
よりにもよって、男たちは王国軍の騎士だった。
シグムント大尉とともに『左遷』されてきたクチらしい。そういった憤懣があれば、遠征先で横暴を働く輩は珍しくない。
これを見過ごすほど、セリアスは臆病でも薄情でもなかった。
「こんな朝っぱらから、みっともない真似はやめておけ」
「……あぁん?」
もっとも体格のよい真中の男が、不機嫌そうに振り向く。
「何のつもりだ? てめえ」
「二度も言う必要があるのか? 部下がこれでは、シグムントも苛立つわけだ」
騎士たちは大尉の名前にぎくりとした。
しかし正面の男は悪びれない。
「そうか……お前が学者の護衛だとかで、ここに来た剣士か……ケッ、白けちまったぜ。出直すぞ、てめえら」
とはいえセリアスを少し睨みつけるだけで、あっさりと引きあげていった。
(意外に利口な男だな)
ここで揉め事を起こせば、駐屯を始めたばかりの王国軍のイメージを悪化させる。それは当然、上司でもあるシグムントの顔に泥を塗る行為だろう。
威嚇はするが手出しはしない――格好はつかないものの、判断としては正しい。
女性は呆然と立ち竦んでいた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうござ……あら?」
その瞳がセリアスの顔立ちを見て、丸くなる。
「セリアス殿ではありませんか」
「……アリアか?」
セリアスのほうも驚いた。
昨日は寺院で会った神々しい巫女が、今朝は質素な服を着ている。フードもないおかげで綺麗な髪が露になり、がらりと印象が変わっていた。
「おはようございます。と……私ったら、お礼を言うつもりだったのに」
「礼はいらんさ。普段はそんな格好なのか」
アリアはスカートの裾を翻すようにターンする。
言葉遣いは巫女の時と同じく硬いものの、表情は柔らかい。
「ええ。これから子どもたちに勉強を教えに行くんです。……あ、アニマ寺院の教義ではありませんから、安心してください」
「そいつはシグムントにでもアピールしてくれ」
あまり足止めしても彼女に悪いと、セリアスは早々に切りあげた。
「じゃあな。頑張ってくれ」
「うふふ、セリアス殿も。では」
女将が褒めちぎっていたのも、誇張ではないらしい。
(まったく……いつぞやの魔導士とは大違いだな)
自然と足取りが軽くなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。